沢田玉恵「花の精 -わたしのON-AIR-」

デビュー曲の仕上がりからスタッフがどれだけそのアイドルに賭けているか、というのは大体わかる。
これは凄かった。「ソニーの神秘」なる大々的なコピーの沢田玉恵デビュー曲「花の精」。86年4月発売。作詞松本隆、作曲筒美京平、編曲武部聡志
中低音の確かな説得力をもち、翳りとしめり気のある雰囲気のある声。不幸と影の似合う、華はないが芯の強そうな月明かりの似合う日本人形のような容姿。
第二の山口百恵を探しつづけたCBSソニー酒井政利プロデューサーがついに見つけた最高級の素材が彼女であったのは間違いもなく、作家は当時の最高級といえる松本・筒美・武部三氏に依頼、彼らもまた「この娘はホンモノ」そう思ったのではないだろうか。もうね、音源から本気汁でまくり、聞いててわかる。
ドリーミーな中にも黒い芯のようなものが背筋に一本すっと通っている。デビューにして全てが完成し尽くされている。渾身の一撃だ。
時はおニャン子全盛。これが本当のアイドルポップスなのだ、という、大御所四氏の気概が垣間見えるといったら大袈裟だろうか。
「売れるのはもちろん、なによりいいモノを作ろう」という思いがひしひしと伝わる。アイドルソングという大衆性を失わないぎりぎりで薫り高い作品に仕上げる手腕は彼らだからこそ、さすがとしか言いようがない。
もちろんおニャン子ブームに歌だけで展開していくのは難しいと判断したのか。女優として手を広げていく。
宮本輝原作の映画「蛍川」主演。山口百恵の文芸路線の踏襲だ。「蛍川」クランクアップ後は「北の国から」の出演もきまった――が、半年の芸能活動だけで彼女はあっさり芸能界を引退してしまう。
残された曲はシングル二枚。映画の公開は引退後だったという。
諦めるにはあまりにも早いのでは、せめてアルバム一枚制作してからとつい思ってしまうが、決断の早さ、引き際のあざやかさもまた、まるで山口百恵のようであった。