西村知美 「ベストナウ」

 当時だいたい年末になるとアーティスト別に一斉発売されていた東芝のベストシリーズの一枚。 90年発売で、アイドル時代の西村のほぼ全てのシングルがコンパイルされている。

 「アイドル歌謡は歌唱力でない、トータルの世界観がすべて」
 そうはいいつつも、あんまりにもあんまりな歌唱力だとさすがに萎えてしまうのも事実で、わたしにとってそのボーダーライン上にあるのが西村知美の世界。
 おもいっきり下手っぴだけども、うーんでも世界がつくられているからいいか、いいのか? と、わたしの心は微妙に揺れるのであります。
 作家陣は松本隆筒美京平のゴールデンコンビをはじめ、来生姉弟ユーミン加藤和彦中原めいこなど当時の一流どころで豪華だし、アイドルポップスとして合格点といっていい上品さと可愛らしさがあって、それが彼女の声質とあいまって、と、そういったところがそれなりにいいんだけれども、どこか二番煎じの感じが拭えないんだよなぁ。
 聞いていると、事務所の先輩の菊地桃子をはじめ、東芝の同じディレクターの薬師丸ひろ子や、斉藤由貴南野陽子など、同業他社の顔が妙にちらちらするのだ。
 でもって、スタッフが被っているせいか、担当しているそれぞれの作家が、薬師丸でも斉藤由貴でもなく、西村知美だからこそこの世界を表現したいんだ、という熱意が、あまり強く感じないのだ。
80年代の末期になると、こういった良質だけれども、どこかパスティーシュの匂いのきついアイドルが乱発。アイドルポップスの世界は死に体になっていくんだよなぁ。
  ――て、悪いことばっかいっているけれども、彼女のシングルぎりぎりストライクなのは事実。シングルだと「シンフォニーの風」や「君は流れ星」あたりがツボ。アルバム曲・B面曲だと「憧れのドーヴィル」が一押しかなあ。作家だと、同郷のピカソ辻畑鉄也が彼女の作品でいい仕事をしている。