今井美樹「Dialogue -Miki Imai Sings Yuming Classics-」

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2013年10月発売。今井美樹によるユーミン限定カバーアルバム。深みと凄みがある。
今井美樹のオリジナルに対する愛と敬意、またそれを咀嚼し自らの血肉しきったところに彼女のボーカリストとしての才能を感じずにはいられない。
冒頭は「卒業写真」や「中央フリーウェイ」など、公式見解的な曲が並ぶが、後半から次第にディープに、曲順で言えば「人魚になりたい」以降が、今井美樹が一番愛するユーミンの世界であり、自らのものとしたしたい世界なのだろう。ユーミンがはじめてポップスフィールドに持ち込んだ、社会人の女性の恋愛模様とその繊細な心の襞……「retour」までの初期今井美樹の世界のお手本となったのがここなのだろうが、それを今井美樹は「そう、これ、わかる」心の奥でうなずくように歌っている。

白眉なのが「霧雨で見えない」。裏になにか悲しいドラマがあるのは明白なのだが、具体的な何かをユーミンは描写しない。大きな余白がこの詩にはある。しかし今井美樹は、ファンゆえの妄想力でそれを補完し、女優力でそれを演じてしまう。
東京、ベイエリアの住宅地。霧雨の降る夜。運河の掛かる橋。その先、マンションの一室を今井美樹は見ている。かつて愛した男の暮らす一室。他の誰かと幸せな暮らしをしている彼。もう会わないと誓った探さないと誓った、なのに……。霧雨に濡れそぼりながら一点を彼女は見ている。90年代の不倫騒動で図らずも業の深い女性だと知れ渡ってしまった彼女の、真骨頂たる世界だ。

ある面では可愛らしいリボンに包まれ、ある面で生血がドロドロと溢れ、それがユーミンの描いた大人の女性の恋愛世界だが、そのダークサイドをもをすくい取り、歌唱においてはユーミン以上に表現している。ユーミンのソングライティングの素晴らしさ、今井美樹のボーカルの魅力、どちらも再認識させてくれる良盤だ。