浅川マキ 逝去

 ライブ公演中で滞在していた名古屋のホテルで亡くなったという。
「マキッッ!!」
 いくつかのライブレコーディングされた音源におさめられた歓声がリフレインする。
 おそらく、歓声やノイズ、音に漂うざわざわとした人の気配、それをふくめてひとつの時代の音なのだろう。と、実際にその時代を生きなかった私は妄想する。
 もう既に伝説化されていた歌手だったし、70年代の彼女しか知らない多くの人はこの訃報に亡くなったことよりもいまだ歌いつづけていたことのほうに驚いたやもしれない。
 また、アカペラやCD音源を流しながらの本当の「ソロ」ライブをはじめ、ほとんどの人が知らない近年の彼女を老残の歌手とみる人もいただろう――が、それを含めてマキだったような気がする。
「時代にあわせて呼吸する積りはない」
 それが彼女のスタイルだったから。
 ブルースだジャズだ、いやあんなのは演歌だ歌謡曲だ音痴な美空ひばりだ。いろいろとやかく言う人もいたけれども、そんなのはどうでもいい。彼女の存在そのものが歌だった。
 「夜が明けたら」や「かもめ」しか知らない人にはとてもマキとは思えない80年代のポップだったりロックだったりブラックだったり実験的だったりする彼女のアルバムが、今は好きだ。「アメリカの夜」「Nothing at all to lose」「UNDERGROUND」「こぼれる黄金の砂」「ブラックにグッドラック」……。情念を常に押し込めたクールネスが心地いい。
 とはいえ、そういうのばかりを聞いていると一番最初に心に響いたマキのアルバムが恋しくなる。「Blue Spirit Blues」「裏窓」「Maki2」「灯ともし頃」……。この時代のアルバムは手放しで泣ける。
 98年発表のラストアルバムとなった「闇のなかに置き去りにして」だって、最高にカッコいい。マキのアルバムは名盤ばかりだ。もし彼女をよく知らないというのなら、是非一度、彼女の世界に触れて欲しい。以前わたしの作ったディスコグラフィーがなにかの参考になると思う。

http://wagamamakorin.client.jp/maki-disco.html

 私にとって彼女は生きていようが亡くなろうが、最早そんなこととは関係のない存在であったので、悲しいとは思わない。
 ただ、数年前、自身のwebサイトでそろそろレコードを作りたいといっていたが実現しなかった、それが残念でならない。