かしぶち哲郎「Le Grand」

ル・グラン

ル・グラン

 09年11月発売。ムーンライダースのロマンチックドラマー・かしぶち哲郎の四枚目にして93年「fin」以来の実に16年ぶりのソロアルバム。いやー、まさか出るなんて。しかもソニーなんてメジャーレーベルで。10年以上のブランクなどものともせず、芸風の変化、一切なし。ぶれなさ過ぎて逆に驚くわ。
 彼のアルバムでは毎度お馴染み、フィメールボーカル(――今回は石川セリクレモンティーヌが参加)と流麗なストリングスのバックアップを受けながら、繊細で文学者的ちょっと頼りのないかしぶちのひょろっとした声が南欧の街並みを逍遥するように彷徨う、というヨーロピアン・エレガンスな世界。「彼女の時」や「ファム・ファタル」(石川セリ)、「黄昏のモンテカルロ」(梓みちよ)などの、80年代のソロアルバムやプロデュース作品がお好きならば是非モノかと。高橋幸宏加藤和彦とともに、80年代テクノ・ニューウェーブ部門のロマンチック担当だった彼の面目躍如たる一枚。
 この不景気な今の時代に、さりげなく贅沢で夢見の甘さの漂う大人のアルバムが堂々と新作としてリリースされたのが何よりも嬉しい。バブル前夜の80年代中頃まではこういう作品って結構あったんだけれどもね。
 金儲けの匂いのしない、なのに音を出すまでの間に贅沢なプロセスを感じさせる――名画や名唱を飽きるほど楽しんだ有閑貴族が手遊びで作ったかのような、こういったサウンドというのが、今の時代には足りなさ過ぎるよね。