佐藤隆 「En」

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 よもやまさかの13年ぶりのニューアルバム。配信のみでの発売。佐藤隆の30年以上のキャリアの中からセレクションした、他歌手への提供楽曲のセルフカバー集となっている。
 提供歌手は田中裕子、原田知世、吉川晃司、堺正章谷村新司早瀬優香子、などなど。「桃色吐息」ブレイク前後の80年代中期に書いた曲が中心になっているのだか、知名度よりも改めて歌いたい歌を選んだのだろう、アルバム曲やらマイナーの歌手への提供曲が並び、ほとんど佐藤隆カルトQ(――って表現もいい加減古いな)といった佇まい。今回も前作「8 beat dream」同様、佐藤隆自身がプライベートスタジオでほぼ全ての楽器をプレイした、極めてプライベートな作りとなっている。
 一作曲者として楽曲提供してきた彼、仕上がってきた音源のなかには「これはちょっと違うな」というものもあったそうで、そういうものも含めて「自分だったら、こういうサウンドでこう歌うな」というのが今回のコンセプトだという。自サイトで当時のデモテープを披露しているその延長に今回の作品集があるのだろう。
 まず驚くのが声の艶。シングル・アルバムといった作品制作はもちろん、ライブ活動も現在極めて散漫な彼だが、かつてとまったく変わりのない、深く広がりある声なのだ。そしてギターの音色がとても綺麗。前作「8 beat dream」同様、今の彼の追及しているサウンドがこれなのだろう、というのが聞いてとてもよくわかる。前作やコロムビア時代の彼が好きならば、これは!というアルバムにしあがっているんじゃないかな。
 また、全体的に、今の時代にはなかなか稀有な、若く健全な明るさに満ちているところも、大きな特徴。「夢の世代」とか「ペパーミントキッズ」とか「気持ちいっぱいあるでしょ」などなど、匂いたつほどの青い若さに満ちてて、うわあ、もうこんな時代に戻れねぇ、と思うことしきりなのだけども、これを歌い弾いているのが今のアラカン佐藤隆という不思議。
 ただひとつ残念なのが、ここは生のストリングスで、またはパーカッションで聞きたいなという部分の多くが打ち込みで処理されていて、ちょっとデモテープっぽくなってしまってる所。今回は、ビートリーでシンプルなロックだけでなく、彼の得意とするもうひとつの、クラシカルでエキゾチックポップスも収録されているのだけれども、こういうサウンドメイクだとなかなか活き辛く、そこだけがちょっと今回勿体ないことになっている。スパニッシュな「太陽の誘惑」とか、生の弦入れたらもっと光ったと思うんだよな。ま、それも、様々な都合による所があるのだろうって、わかるのだけれどもね。このあたりは脳内補完が必要。
 とはいえ、エキゾ路線のイメージの強かった「我が儘娘は眠りの中」「桃色吐息」をギターメインの、でもしっくりとくるアレンジメントにしたところは面白く、これはこれで正解かなっていうのもあったりもして、なかなか侮れない。
 回顧的な作品のようでいて、意外と「今」な作品。サイトを拝見するに次の作品作りに早くも取り掛かっている様子なので、楽しみ。その時はひとりきりでなく誰かしら音楽的パートナーを携えた方がさらに音楽的に広がりのあるいいものができると思うな。