8/1に続いて料理の話。
どうもこと料理に関しては自己愛が強い人間のようで、人様に紹介された「うまい店」というのが、さほどその人が誉めるほど「うまい店」に思えない時というのが時々ある。もちろん中には本当にありえない上等な店もあるし、また菓子系統は洋も和も作るのが骨なので素直に美味しくいただくのだが、そうでない時はつい「これだったら、自分で作ったアレの方が安くて美味いな」と思ってしまう。そんなことが多い。

まあ、私は同世代の人間はまだ年齢から言って、そんなに上等な店をたくさん知っている人というのは少ないだろうし、またわたしも本当にいい味がわかるような繊細な舌を持っているとも思えないのだが、ともあれ、どうにもわたしは何か人様の料理を食べる時、せっかく出されたものなのだから黙って美味しくいただこう、と思う一方で、無意識に自分の料理と引き比べていることが多い。素直に美味いと思った時は「どうやれば容易にこの味を再現できるか」と自分のスペックに合わせてそのテイストを盗もうとするし、そうでない時は、これとこれをすれば自分好みになるかな、などと考えたりもする。 ――と、こう書いていると、なんだか厭なグルマンのように聞こえるかな。ま、前回書いたように、わたしは手抜き命の「なんちゃってグルマン」で、むしろ美味いものに大枚はたいて惜しまない人など小馬鹿にしている口なんだけれどもね。

料理っていうのは、偏差値でいうと、致命的に不得手でない限り、どんなひとでも60くらいまでは普通に努力していればなんとかたどり着くもんだと思うんだよね。ただ、そっから先、特に65から70ってのが、もう果てしなく難しいわけで、そうなると、素材やら料理人の繊細な腕やら、というもう色んな意味で選ばれた領域に行くのかな、と。
グルメ偏差値で云うとわたしは選ばれた領域を目指さない、目標偏差値60のグルマンというか、いつも食べられる、お安くお手軽な美味しいものを目指しているというかんじで、それより上位を「労力のわりにそれって報われなくない?」なんておもっていたりするのだ。

偏差値的な話でついでに言うと、普段ジャンクフードばっかり食べている人が雑誌紹介される有名なお店に並ぶ、っていうアレは、受験で言うと、偏差値50以下の人がトップクラスの学校を記念受験するという、あのテイストに近いんじゃないかな。まあ、本人が楽しいのならいいけれども、あまり意味がある行動に見えないぞ、という。だからこそ、そういう店の多くは客の足元を見るようになってしまうんじゃないかな。