本田美奈子のアルバムが売れている、という。
クラシッククロスオーバーの楽曲をコンピレーションしたミニ・ベスト「アメージンググレース」が本日のオリコン・デイリー第10位にランクイン。また大手ネットショッピングサイトamazonではなんと売上ベストテンに五枚も彼女の作品がランクイン、しかもその四枚がアイドル期以降の作品である。

杜甫の言葉に「棺を蓋いて事定まる」というのがある。
人は死んではじめてその真価が問われる、という意味だ。
今、彼女の歌が聞かれる、ということはそれだけ彼女の歌が本物であった証なのかもしれない。ともあれ、どんなきっかけでもいい、彼女の歌に聞き入る人がひとりでも増えるのなら、それでいいではないか。それこそ彼女の本望ではないか。一方では、そう思う。

しかし、何故、今になって、なんで……。そう思わざるを得ない。
なんで、あんたら、生前もっとちゃんと聴いてやらなかったんだよ。勝手だよ。勝手すぎる。死んで花実なんて咲かない。今更だよ。遅すぎるよ。

94年の『JUNCTION』以降のアルバムはオリコンのデータでは1万枚とも売れていない。最新作の『時』に到ってはウィークリー100位以内にも入らなかった。
彼女の今の歌が、こんな形で評価されることになろうとは……。あまりにも皮肉がきつすぎる。

アイドル時代「一等賞」をとることにあれほどあこがれていた彼女。秋元康の前で平気で堂々と音楽業界紙を読みふけり、どうやったら一位を取れるのだろうか、と臆面もなく言ってのけ、「ザ・ベストテン」で黒柳を前に「目指すはNo.1」と宣言した彼女。しかし彼女は1回も一位を取れなかった。アルバムでもシングルでも、「ザ・ベストテン」でも、1回も。

そんなアイドル時代の人気もあっけなく翳り、それでも歌にこだわり、ミュージカルでもアニメソングでも、観客の少ない小さなステージ(――人はそれを『営業』という)でも、歌いつづけた彼女。もう、人気は気にしない。ただ歌のために、歌を少しでも多くの人の心に届けるために歌っていきたい、と言ってのけた彼女。

この光景を彼女に見て欲しかった。今までやってきたことは間違ってなかったじゃん、美奈子。と。

とはいえ、それは愚かしい感傷に過ぎないだろう。
わたしだって、こんなこと書いておきながら、身も心も彼女の歌に捧げていたわけではない。ただ淡々とCDを買っていたに過ぎない。今、彼女の歌に飛びつく者となにが違うのだろう。ファンなどというのもおこがましい。 私もまた勝手に悲しがっているいいご身分のひとりに過ぎない。

私は迷いに迷って、彼女の通夜にも告別式にも行かないことを決めた。わたしはそんな身分ではない。