と、いうわけで、22日へ向けて書きさしのメモ帳をひっくり返しているわけだが、まとまりのない言葉の断片というのは、色褪せるのが早くて、一体このひとはなにがいいたいのだろう、なんでこんなことを考えているのだろうと、そこにあるのはわずか数ヶ月前の自分なのに、不思議な気分になる。

そもそもわたしにとってを書くというのは、なにかをしてそそのかして結果、こうなっている、というようなものであって、これを書いているのがまさしく「わたし」であるという実感が薄い。そのときのわたしの言葉は「そのときの」言葉であって、今のわたしとはさほど関係がないのだ。 ――と、こんなことを書いてしまうといかにも無責任なようなのだが、いつわらざる心情なのだからしかたがない。

まぁ、「自分は他人の始まり」という言葉もあるじゃないか。みんな自分が自分であることに確信持ちすぎているんじゃねーの?