山口百恵 「美・サイレント」

 79年作。サビ前「Be silent」の連呼で聴衆を注意喚起し、サビでおもむろにマイクを離して歌う山口百恵が話題になったシングル。
 「あなたの○○○○がほしいのです」
 はたして、百恵は何をいっているのか。
 その質問に百恵自身は「ときめき」とか「きらめき」とか、答えていたというが、これは正解ではない。
 「ひと夏の経験」リリースの頃、「歌詞にある『女の子の一番大事なもの』はなんだと思いますか」という質問に対して「まごころ」と応えたのと同質の、意図的な誤答だ。彼女は、わかっていて、はぐらかしいる。
 当時、吾妻ひでおの漫画で、「○○○○の部分に『カルピス』とか『ソーセージ』とか、入れないでください」というギャグがあったが、この○○○○には、そういった言葉、セックスや男性器をあらわす卑猥な隠語が、もっとも相応しい。でなければ、続く「女のわたしにここまで言わせて」につながらない。
 この歌は、かいつまんでいえば、自分に気のなさそうな男に向かって、卑猥な言葉を口にして気をひこうとしている女の歌である。
 あと10年も経てば、「東京ラブストーリー」のリカのごとく「セックスしよっ」とあっけらかんといえるのを、まだ「○○○○がほしい」としかいえないところが、時代という感がある。が、あえて伏字にしたほうがより、淫靡であるな。
 表現の俎上に登らせることの難しい放送禁止用語リップシンクにしたことで、実際の言葉よりも、ぐっと淫靡な印象になる。作詞の阿木燿子からしたら全て計算なのだろう。ほんとうによくできている。
 阿木燿子は、この時期からしばらく、パートナーの宇崎とともに、あえて歌詞のテーマに相応しくない、「放送上不適切」といわれかねない過激なテーマ(――堕胎やら、心中やら、ドラッグパーティーやら)を表現するようになるが、その過激なシリーズで「美・サイレント」はもっともメジャーな曲といえるかもしれない。