かしぶち哲郎 「彼女の時」
ムーンライダースのロマンチック野郎、かしぶち哲郎のセカンドアルバム。85年リリース。
当時かしぶち氏は既に、石川セリ「ファムファタル」、梓みちよ「黄昏のモンテカルロ」、岡田有希子「ヴィーナス誕生」など、他歌手の作曲やプロデュースに手をのばしており、それらの作業は、一定の評価を得ていた。そうした状況下から生まれたアルバム、といっていいかな。ミニアルバムながらも、濃密で妖しくロマンチックな、かしぶち氏の自信と矜持にみちたアルバムといっていい。
作詞・作曲・編曲の全てがかしぶち本人の手によるもので、弦アレンジは坂本龍一が担当。矢野顕子とのデュエットアルバムという形式であった前作「リラのホテル」を発展させ、今作は矢野顕子、大貫妙子、石川セリと三人の歌姫とデュエット、「柔らかいポーズ」では三歌姫のコーラスをバックに歌うという豪華ぶり。プレイヤーは、YMO、ムーンライダース系のいつもの豪華面子。
かしぶち氏の歌唱は、ぽへっとして朴訥な、印象の薄いものだけれども、これがヨーロッパ的な洗練を感じる官能的な、かつエキセントリックなトラックとあいまるとなかなか魅力的。気弱な美青年が、妙齢の美女に誘惑されているのをとまどっているような、しかし、最後は誘惑のままに白い柔肌をまさぐってしまい、というか、そんな佇まいがある。
エキセントリックなアレンジ(ー―白井良明のひずんだギターの音が素敵)が妖しい、石川セリ「彩・夏・夢」のセルフカバー、矢野顕子との対話のようなデュエットが面白いタイトルもそのまんまな「DIALOGUE」、坂本教授の典雅な弦アレンジがやっぱりすばらしい「眩暈」、など、聞きどころは多数。 以降、プロデュース、映画音楽などに傾き、リーダーアルバムは、次作「fin」までの三枚しか、メジャーレーベルではリリースしていないが、もっともっと、ソロの歌モノが聞きたい人のひとり。