石川セリ 「翼」

翼 武満徹ポップ・ソングス

翼 武満徹ポップ・ソングス

 自らの死を間近に迎えたものは、一体なにをその眼に映すのだろう。
ガンに冒された武満徹が最後に作ったアルバムが、この「翼」である(――発売三ヵ月後に彼は亡くなっている)。このアルバムは、あまりにもやさしい。
 なんの変哲もない、さしたる派手さや、斬新さ、趣向を凝らした仕掛けがあるわけでもない、小さな歌。それは路傍の花のような歌なのだが、これが、しみじみとやさしく、そこには悲しみの気配すら漂っている。あらゆるものを通り過ぎた後の、ただただ美しい残照のように――、音もなく、ひたひたと心に沁み、なぜか、赦された――と、わけもなく思えてくる。
 少年期の黄昏の風景を追想する「小さな空」、みじかい些細な言葉にしかし、人生そのものを封印しているとも思える「明日ハ晴レカナ曇リカナ」など、どうしようもなく泣ける。ここにあるのは、もともと彼が死期を悟って作られた歌ではないのだが、あまりにも自らのための葬送曲、という感じがして、たまらない。さまざまな感情を閉じ込めて、あらゆるもの――もう既に失ったもの、これからすぐに失うであろうものに「ありがとう」をいっているような、そんなアルバムなのだ。
 主婦業に専念し10年以上歌手活動を休んでいた石川セリのまったく衰えない歌唱力――むしろ表現力は増している、コシミハルCoba服部隆之などのそれぞれのアレンジの妙味など、他にも聞くべき点は多いのだが、いや、なんとも胸がいたむ。どうして、人は生きていくのだろう。そして死んでいくのだろう。