石川セリ 「メビウス」
井上陽水夫人であるということ以外、プライベートな部分がまったく見えない石川セリ。
そもそもいわゆるシンガーソングライター系でも、もちろんアイドル系でもないのに、ユーミン、陽水をはじめ、矢野顕子、大貫妙子、かしぶち哲郎、加藤和彦、坂本龍一、南佳孝、PANTA、あがた森男、大村憲司、玉置晃司、筒美京平、大沢誉志幸、と、日本ポップス界の天才、秀才、異才、鬼才が彼女の周囲に一堂に集っているのが不思議な石川セリ。
そのくせ音楽活動は非常に散発的で、ポピュラリティーのまったくない無名っぷりが、正体不明な石川セリ。
「メビウス」はそんな彼女の82年の作品。82.10.5発売。最高21位、3.4万枚。プロデュースは矢野誠+石川セリ。作家は矢野誠、友人のユーミン、来生姉弟、PANTA、森雪之丞、福沢もろなど。このアルバムが、一番彼女らしいアルバムかな、と思う。
彼女の声は、バタ臭いけれども、暑苦しくなく、さらっと身軽に歌っているように見えて、詩情が豊かで、深みがある。アンニュイさやセクシーさの向こうに母性を感じる、ぬくみのある歌手だ、と思う。
そんな「石川セリ」という稀有な歌手にふわっと神秘のベールをかぶせたような、虚構性の強いファンタジックなアルバムになっている。現実的な恋愛風景を歌っていても、この世から数センチずれた世界という感じがただよっていて、不思議な印象を聞き手に残す、SF的で、ロマンチックで、浮遊感がある作品。
矢野誠の作り出すアナログテクノ的な暖かみのある幻想的な音像も石川セリの個性にぴったりあっている。ユーミン自身が後にセルフカバーした「川景色」の、日常的な恋愛風景の歌を、アレンジと歌唱でふわふわとスペイシーな印象に様変わりさせたりするところなど、まさしくセリ+矢野誠であればこそのプロダクトという感じ。タイトルにもなった「メビウスのダンスホール」の、壮大なテーマをけだるくもやさしく歌うところなんかも、いいよなぁ。隠れた、いいアルバム。