松尾スズキ  「クワイエットルームへようこそ」

クワイエットルームにようこそ

クワイエットルームにようこそ

 芥川賞候補となった松尾スズキの最新小説。中篇。
 なるほどね、こういう作品が、芥川賞候補になるのね。納得。
 ひとことでいえば、松尾スズキの小説の中では、一番薄い。彼の魅力の核たる「過剰性」というのは、きわめて低い。
 どうでもいいディテールに凝る――そこに現代的なリアリティーがたちあがってくる、のが松尾スズキの良さだと思うんだけれども、「良識ある大人の世界」では、それは、いらない部分なんだろうな。
 わたしは、爪の先からびっしりうっとうしい人間なんで、松尾スズキのむしろさわやかさすら感じる粘着質な筆致がとても好きなんだけれど、松尾スズキのファンでない人には、これくらいの薄さがちょうどいいんだろうなぁ。
 ってわけで、ストーリーもいつもの松尾スズキと比べると、極めて平明かつシンプル。精神安定剤オーバードーズし、精神病院の閉鎖病棟に強制入院されたひとりの女性の絶望(――それも、きわめて性的かつ反社会的な<文壇の求める、現代的な絶望>)と、そこからの社会復帰と、その舞台となった精神病院の閉鎖病棟、の物語になっている。
 閉鎖空間の設定は、極めて舞台にしやすいもので――というか、舞台を見るように私は読んだ。やっぱりこの人、舞台の人なんだなぁ。彼の真骨頂であり、大傑作「宗教が往く」と比べると、どうしても落ちるというか、文学おっさん好きする、<文壇カスタマイズな佳作>という範囲を出ないものだけれども、ラストシーンは、さりげないながらも残酷なやさしさと力強さがあり、読後、心地よいカタルシスを感じる。じっくり読んでも二時間強というお手軽さもあいまって、読んで差し支えない良作か、と。
 個人的に、精神病院の閉鎖病棟の描写は、吾妻ひでおの「失踪日記」の3章、「アル中病棟」を思い出した――というか、こういうところってのは、どこもこういうものなんだろうなぁ、きっと。あと、もいっこ、主人公の明日香、どう読んでも女装している松尾スズキにしか見えなかった、ってのはどうよ?