長山洋子 「オンディーヌ」

 いまや、中堅演歌歌手として磐石な地位を築いている彼女のユーロ・アイドル時代のアルバム。 87年8月リリース。
 荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」のブレイクの方程式をそのまんま援用して、「ヴィーナス」でようやくブレイクした彼女だけれども、その次の一手筒美京平にゆだねた荻野目と対照的に、ユーロ・カバー路線を踏襲しながら、自分の色を模索してこのアルバムが生まれた、といっていいかな。
 楽曲の半分が「ラ・イスラ・ボニータ」など洋楽カバーで、もう半分が松岡直也、遠藤京子などの手によるオリジナル作品になっているが、散漫な印象はない。全作ユーロカバーの前アルバム『ヴィーナス』のハイエナジーっぷりも、捨てがたいけれども、私にとっては、このアルバムが彼女のアイドル時代のベスト。
 パキパキして乾いている荻野目の声質と対照的に、どこか翳っていて湿り気のあるところが彼女の個性といえる――民謡を幼い頃から歌っていたせいか、声に歌謡感がしみついているのだが、その良さを活かしてミステリアスで少しばかり不幸な雰囲気を持った楽曲が並んでおり、きちんと統一した世界観を持ったアルバムとなっている。「真夜中のオンディーヌ」にはじまり「アリス」に終わるという隙のない展開は、少女がつかの間夢見る真夜中の夢、という感じ。これ「真夜中」って、ところがポイント。妖しく、儚く、隠微な雰囲気。
 オリジナルとカバーを織り交ぜながらも独自の冴えて怜悧な世界を作り出す、というスタイルは後のWINKのアルバム――「Velvet」や「Crescent」あたり、に近い。しかし、この方法論は長山洋子に関しては王道とならず、次作『トーキョーメニュー』で、全作ユーローカバーのハイテンションなアルバムへと回帰する。
 ちなみに。「ハイウェイ物語」や「悲しき恋人たち」に見られる歌うストーリーテラーと言ってもいいような歌詞を物語として聞かせる説得力は、演歌転向後の彼女の大きな強みになった、といっていいだろう。このあたり、聞かせます。