小川範子 「魔法のレシピ Self Serection Best」

小川範子アルバムベスト☆ -セルフ セレクション- 魔法のレシピ(DVD付)

小川範子アルバムベスト☆ -セルフ セレクション- 魔法のレシピ(DVD付)

 小川範子の本人監修による20周年記念ベスト。な・の・に。シングル一切無しという物凄い思いきり方に驚く。シングルは前年リリースの「ゴールデン・ベスト」で、ってことなんだろうけれども、いやはや。
 この潔いまでのコアなファンと自分向けの選曲、デビュー当時には女優として歌手として大成するポテンシャルを持っていたのにもかかわらず、20年経ち、結果、女優としては「安浦刑事の娘さん」、歌手としては「ロリータ顔のカルトアイドル」という立ち位置で終わろうとしている自らを意識してなのか、どうなのか。と余計なことも考えたくもなるがさてさて。――と、CDを流して吃驚。
 「範子はん、どんな歌、歌うてはりますのん」
 なんか凄い歌が所々に紛れ込んでいるですけれどもっ。
 ――調べる。
 ははぁ、彼女、近年はOGAWA名義でインディーズでCDをリリースしていて、そのすんごい歌ってのは、そこからの作品なのね。

 道の向こうからやってくる醜い老婆を思わず殴りつけたくなると歌う「ホオズキ」、もっと滅茶苦茶されたいんでしょう? と、王様を思いきりスパンキングする、――という直球SM女王ソングな「Queen,Joker,King」、暗く淫らな真夜中の儀式に溺れるアリスを歌った「灼熱の国のアリス」、ほとんどマリスミゼルな少女と吸血鬼の危険な恋の駆け引きを歌った「ヴァンパイア」、若き画家たちに視姦され恍惚とする巴里の裸体モデルの官能の世界「フレンチドレッシング」(――って、このタイトル、精液の暗喩なんじゃないのか?) 谷崎潤一郎的大正浪漫的な道具立てに食人嗜好の愛を歌った「人食い」、などなど。
 なんなんですか、これは。
 一番凄いのが「湿地帯と金魚」。テーマは「腐敗のエロチシズム」。生きながら腐ってぐずぐすに溶けていき、まるで湿地帯のようになっていく自分の身体を、魂の抜けたもうひとりの自分が俯瞰で見つめている、という感じ。完全に病んでます。
 歯医者の待合室にかかっていたモーツァルトに耳を傾け、死にたい気分になってという設定なんだけれども(――って、これだけでもうお腹いっぱいだわ)、その絶望の台詞が「わたしは汚らしく温かいのだ。世界は美しく冷たいのに」っていう。ここ、もう、完全に文学だよね。やられた。で、オチが「あなたはわたしを浴槽に沈め、見つめる」って。殺されてますよぅ。
 こんな詞がおしゃれなボサノバで歌われ、――難解すぎます。だけどなんだろう。凄く感覚としてわかる、というか好きだぞ、これ。
 ってまぁ、そんな実験的な歌が、「涙をたばねて」とか「桜桃記」とか「ひとみしりANGEL」の頃のいたいけ少女歌謡と一緒にまぜこぜになって、一体なんなんだ、と。小川さん、こんなにゴスでV系な感性をお持ちだったとは、お見それいたしました。
 いやあ、OGAWA名義のアルバム欲しいなあ。調べたら全部廃盤みたいなのね。
 是非とも今後も歌手活動を続けるのなら、「湿地帯と金魚」路線で行っていただきたい、と無茶を言う。