柏原芳恵 「アンコール」

アンコール

アンコール

 07年作品。25周年を契機に歌手としての自意識に目覚めた柏原芳恵の、今度はカバーアルバム。明菜の「歌姫3」と同じように、すべて男性歌手のカバーとなっている。
 当世のベテランアーティストに流行りのカバーアルバムなるものを芳恵もしてみんと――ってことか、と穿った見方はノンノン、違うのだよ、君。
 80年代からしてアルバムでは「春なのに」「タイニーメモリー」「最愛」の三枚、シングルでは「ハロー・グッバイ」「あの場所から」「し・の・び・愛」「あなたならどうする」の四枚、とカバー作品を次々とドロップしていた柏原芳恵にとって、カバーはもっとも得意とするフィールドなのだ。
 今回の楽曲は、南こうせつ、アリス、小椋佳、長淵剛、井上陽水など、70年代フォークがメインの、これまた柏原芳恵にドンピシャなラインナップ。柏原、80年代によくこのあたりから楽曲提供してもらっていたものな。
 サウンドプロデュースは樫原伸彦、ということで、"ダブルかしはらーず"による新譜となったわけだが、おお、今回もなかなか聞かせるぞ。というか、サウンドがなんかやりたい放題だな、おい。

 「シクラメンのかほり」はジャスバーでグラスを燻らせるように渋く決まったと思ったら、「ソネット」では冬の北欧の曠野で身も凍え、「止まった時計」では中国大陸の夜の大河のほとりでまったり、「めまい」のアンビエント調なのだろうが、氷の牢獄のような不可思議なアレンジメント(――イントロの柏原の木霊が怖いっ)で惑わされ、「学生街の喫茶店」の吃驚あーらんびーアレンジに慄き、「RUN」でいきなり南欧の熱波にやられ……。
 ――と、原曲のイメージを破壊したアレンジメントが実に多いけれども、それに臆することもなく柏原芳恵のボーカルは図太く立っている。上手いっ。

 元々、ボーカルが磐石なまでに「歌謡曲」な人だから、このアルバムでは、ピアノ一本の「酒と泪と男と女」やアコギ弾き語りの「時の過ぎゆくままに」、ストリングスメインのアレンジの「冷たい部屋の世界地図」など、保守的でサウンドの方がどうしてもしっくり来るのだけれども、こういった冒険も面白い。「めまい」「止まった時計」あたりは、成功したんじゃないかな。
 結果的に「歌謡曲」をゲージュツにしてしまった中森明菜「歌姫」シリーズの荘重さを「重すぎる」と感じる人にはほどよい湿り気と重み、臭さのある歌謡曲カバーアルバム。サウンドでいろいろ遊んでいるけれども、このアルバムはあくまで「歌謡曲」の範疇にある。コップ酒や有線が似合う親しみやすさ、そこが強み。オススメ。