紫宮葵「とおの眠りのみなめさめ」

とおの眠りのみなめさめ (講談社X文庫―ホワイトハート)

とおの眠りのみなめさめ (講談社X文庫―ホワイトハート)

 春の眠りは浅く甘く心地いい。ここ数日、うっかりするとうたた寝ばかりしていて仕事にならない。てわけでこの本を読んでみる。第七回ホワイトハート大賞受賞作で、著者のデビュー作。テーマはタイトルにもあるように「眠り」だろうな。


 田舎の、その昔は一帯を治めていたという因習深い素封家が舞台で、主人公は翳りのある蒲柳の質の美少年で、母は若く美しい気狂いで、父は若き画家だったのが母に殺され、だから母は時々主人公を父と勘違いし、祖母は主人公に対して厳格で酷薄で、主人公と血のつながりのない伯母は本家を乗っ取ろうと画策し、その娘の従兄妹は主人公の嫁になるべく育てられていて、とはいえ本当に主人公が好きなんだけれどもそんなゴタゴタもあって素直になれないツンデレ美少女で、でも本当に主人公が好きなのは代々この血族の典医をつとめる家の、同い年の幼馴染みの爽やかイケメンで、そもそも血族には不思議な古くからの言い伝えがあって――。
 という、どう考えてもど真ん中のJUNE、榊原姿保美の「龍神沼綺譚」、栗本薫の「絃の聖域」バリの世界が展開されて、こりゃたまらんわいと読みすすめていたら、最後に意外な展開。ドロドロとねじれた人間関係の末に殺すの殺されるのの展開なのかと思ったら、見事にひっくり返された。
 この最終章は、硝子のくだける瞬間をスローモーションにしたように、妖しく美しい。


 手垢のついた、とはいえ確かな需要のある耽美小説としての役割も満たしつつも、この最終章できちんと幻想文学にもなった。お見事。加藤俊章の典雅で妖しい挿画に相応しい作品になっている。
 ちょっと文章からは自分の技量以上の「耽美」をしている背伸びの感があって危なっかしいけれども――もう少しだけ平易な文体の方が、自分らしさが出せるんじゃないかなぁ。次の作品も読んでみよう。