榊原史保美「ペルソナ」

ペルソナ

ペルソナ

 97年作品。
「自分にとってJUNEってなんだったんのかなぁ?」
 栗本御大の死を契機にふとふたたび思い、未読のままだったこの本を読んでみる。
 うん、これ、失敗作だね。
 わたしは榊原さんの作品が大好きで、ほぼ全ての作品に目を通しているから、この作品で何を言おうとしているかなんとなく掴めるし、どうしてこういう人物なのか、こういう設定なのか、こういう展開なのか、というのが理屈でなく了解できるところがあるけれども、そうでない一見の読者には、説明不足で理解不能なところが多すぎるし、そんなファンのわたしからみてもご都合主義が鼻につくところが散見しているように見える。
 唐突に主人公のために漢死にする本当は妾腹の兄だったボティガードの彼とか出されても、え、なにそれ? ですよ、この展開では。ほんっっとに読者への説明が全然足りていない。色々とつめこみすぎているし、色々と書き急ぎすぎているし、色々と踏み込みが足りない。
 そもそも榊原史保美(姿保美)といえば耽美的で映像を喚起させる文章が特長の作家だと思うけれども、そんな彼女の小説が、なんでこんなにカギカッコばっかりで、しかもどれもこれもが説明的な長台詞なんだ?
 第一章で不可解な殺人事件が起こる。まぁ、そこはいい。けれども、次の第二章で物語の重要人物が主人公の経営する画廊にとっかえひっかえ登場してはそれぞれの来歴を語り合っては退場するって言う、これはちょっと驚いたよ。
 おかしい。こんなに小説がへたっぴな人ではなかったはず。
 だいたい物語の核心である、秘境・雲居の里とそこにある幻の信仰と伝承、因習と濃い血脈に引きずられる者たちの悲劇――っていう、これ、ほんと、著者の初の長編作「龍神沼綺譚」以来のモチーフなんだけれども、「龍神沼」と比べて、全然のその世界が描けていないんだもの。なんでデビュー時点でできたことが、15年経ってできなくなっているんだぁっ。
 なんだかんだいって榊原史保美的世界観が好きなわたしは、久しぶりのこともあってそれなりに楽しく読めたけれども、これは薦められませんぞ。
 榊原さんはこの本のあと「やおい幻論」っていうこまったちゃんな自分語り本を出して、BREAKOUTシリーズっていう、「バンドやろうぜ」なバンギャの健全妄想ラノベ書いて、女性を主人公にトランスセクシャルをテーマにした長編JUNE(――といっていいよね、これも)「イヴの鎖」を発表して絶筆。
 彼女は自己受容の手段として小説を書いていた部分のとりわけ強い人だと思うけれども、もう多分この頃はすでに小説を書くということにそういった役割を見出していなかったのかもしれないなぁ。妄執とか情念とか、そういうものに裏打ちされた緻密さが作品にないのだ。
 ま、なにかと破滅の美学に飲み込まれる榊原世界において、主人公の千明ちゃんと大介がしあわせになって終わったのが、このお話の一番の救いかも。でもこれ、まごうことなく男女カプだよな。実際肉体も精神も女性だしな、千明ちゃんは。
 でもそれでいいのか、JUNE。