中森明菜 「ムード歌謡 〜歌姫昭和名曲集〜」

ムード歌謡 ?歌姫昭和名曲集?(初回限定盤)(DVD付)

ムード歌謡 ?歌姫昭和名曲集?(初回限定盤)(DVD付)

 中森明菜本・第二弾でしっかり書きあらためたいけれども、ひとまず発売日にざっと聞いての感想。
「明菜でムード歌謡!?」
 最初その話を聞いた時にイメージしたそれより、ずいぶんいい。全篇村田陽一によるホーンセクションの充実したビックバンドアレンジは、これまでの千住明のそれとはまた違った良さもある。60〜70年代のそのもののというより、それをオマージュした現代風といっていいだろう。半田健人なんかが喜びそうなサウンドだ。
 とはいえ、豪華な「夜もヒッパレ」という感も、また、ある。中森明菜の血には、やはり、ムード歌謡のサウンドは流れてないのだ。
 中森明菜が自我を確立させ、歌手を目指そうと奮闘する70年代後半には、民放地方局の開局をはじめとするテレビの視聴チャンネルの拡大、カラオケの登場、ディスコブーム、フォークブームの到来など、様々な要因をもって、音楽を発信する場としてのナイトクラブ・キャバレーは急激にその地位を失い、キャバレー文化の音楽であったムード歌謡もほぼ完全に死滅している(――余談だが、成功を夢見たクラブ歌手だった私の伯母も、そのマネージャーだった実母も、この時期にその夢を断念している。そして母はレコード会社のスカウトマンだった父と結婚し、私が生まれた、というのはもっとどうでもいい余談だ。ともあれテレビやプロダクションのオーディションや、またライブハウスもない当時の、歌手を夢見る者の登竜門がナイトクラブやキャバレーだったのだ)。
 ただ、このアルバムは、他人の歌を自己のドラマに引き寄せてみずからの内面をシリアスに吐露していたこれまでのカバーアルバム「歌姫」シリーズとはまったく違う。小泉今日子の「ナツメロ」(88年発売のカバーアルバム)に一番近いアプローチといえるかもしれない。
 中森明菜の歌声は千変万化しながら、しかしなんとも無邪気に、カラオケ感覚できゃっきゃと楽しげに歌と戯れている感じなのだ。ここにいるのは「清瀬の中森さんちの明菜ちゃん」だ。
 中森明菜の実母はバイトで地元・清瀬のキャバレーで歌を歌ってもいた、その姿に幼時の明菜は強い憧憬を抱いたという。「おかぁちゃん、カッコいい」このアルバムはその母の幻影の再現なのではなかろうか。
 母を愛し、母の導くその先を盲信して歌手を目指した少女の中森明菜、その姿の30数年後のアルバムと、私は聞いた。