安室奈美恵 「Past<Future」

PAST<FUTURE

PAST<FUTURE

 安室奈美恵 のニューアルバム「Past<Future」がアホみたいにカッコいいんですけど、なんなんですか、これは。
 SUITE CHIC以来、R&B・HIP HOPど真ん中で突き進んだ彼女だけれども、前ベスト盤「BEST FICTION」のビッグヒットを成果に、また少しハンドルを別の方向に切り始めたようで、それが今作ということなのだろう。ま、そのへんは「BEST FICTION」のジャケ写をびりびり破いている今回のジャケットを見れば一目瞭然か。
 音は、今までの世界観をベースに、テクノ/エロクトロ要素を加味、歌謡感も最近のアルバムでは一番あるかな。「SHUT UP」「Defend Love」あたりは初期の小室路線を今風にリファインされた感じもしたりするのだけれども、どうざんしょ。
 ぱっと聞いた印象としては最近のアルバムではいっちばん、ゴージャス。色で言えば、ギラギラと輝くゴールド。金かかってますぜー、という感じ。派手です。
 とはいえ下世話さは一切ない。マーケティングの答え合わせのように音源を制作するような退屈なやり口を一切拒否しているし、だからもちろんカラオケ需要をねらった甘ったるい曲は一切ない。
 あくまで、リズムコンシャス、トラックコンシャス。デビュー以来の「歌って踊ってカッコいい安室奈美恵」の32歳の今の本気が満ち満ちているのだ。
 しかも、今回シングルが「WILD/Dr」しか収録されていないというのもふるっている(――これ、70〜80年代のアルバムのつくりだよね。10〜12曲程度で、シングルは1〜2曲って。「小室ブーム」以来のシングルつめまくり、収録時間はCDリミットぎりぎりまで、のJ-POPアルバムのフォーマットをとうとう小室本陣だった彼女が捨てるというのもなかなか感慨深い)。
 カッコいい音楽、実験的な音楽を作れる人は他にもいるだろうけれども、芸能のもつ、グラマラスでありながらやばさの漂うあの不可思議な色気を保持したまま表現できる今の彼女は、とても稀有な存在だと思う。
 中森明菜の「Diva」の世界がもう少し、世間一般に受けいられていたら、今の安室のライバルたりえるのだけれどもなぁ――と明菜ファンのこれは蛇足。
 他にも、今の彼女に関しては、気になることがあるのだけれども、ともあれ。今日はここまで。
 もうひとつ蛇足で。個人的に、自作自演しない、いわゆる「歌謡曲」で「アイドル」のポジションだった彼女は、現在堂々と自我を確立し、ポプュラリティーを獲得したわけだけれども、そして今後どのように展開していくのか、それが物凄く気になる。
 今の彼女には、少なくとも日本には参考になる先達がいない。ファンに阿ることなく、自らの自意識に振り回されることなく、自己満足の自作や退屈なバラードに溺れず、「ポップアイコン」という名の「着せ替え人形」の役割を自覚し自らの表現へと組みこんでゆき、クールなショービジネスに徹する。その一方で大衆性のぎりぎりのラインでハイクオリティーの作品を作り出す。
 それは聖子の道でも百恵の道でも浜崎の道でもない。一番近いのがセルフプロデュース開始から自殺未遂を起こすまでの明菜だけれども、結局明菜はわずか数年で自意識に踏み潰されてしまったわけで、彼女の参考にはならない。