佐藤史生 「阿呆船」

 84年、新書館刊。少女漫画誌以外で掲載された作品を中心にまとめた短編集。どの作品も感情移入という手法を極力排して制作したと作者は語っている。


●「阿呆船」……文化の停滞した地球に宇宙からやってきた「訪問者」、彼らは停滞を打ち破る福音となるはずだったが――。扱っている題材は「羅陵王」と同じだ。つまり「疫病と進化」。何百年も昔に、謎の奇病に冒された人々を宇宙の果てへと隔離・漂流させるために作られた宇宙船、しかしその中で彼らは疫病を克服し、ゆえに独自の進化を遂げていた。ヒトではなくなったヒト、そして撒き散らされる疫病。ちなみにこの作品で私は「カーゴカルト」という言葉をはじめて知った。ヒトの信仰ってって面白いなー。
●「馬祀祭」……「阿呆船」と同一世界観だが話自体は別。「人魚姫」など、連綿と存在する身分違いの恋のバリエーションで、案外平凡な感じ。身分が卑しいのが男で、尊いのが女という逆転が彼女らしいといえるか。それにしてもなんでこれでふたりが一目惚れするのかな―、リアリティーがないなー、とちょっと首をひねったのだが――次作。
●「天界の城」……「馬祀祭」の続編。前作で主人公・ローアンの身を守るために命を落とした未来の女王のヒロイン・ルワナ、彼女のクローンが作られるのだが――という話。この話はエロい。特にヒロインに将来の女王たるべく帝王学を教え込んだ師であり、忠実な臣下であるセトとヒロインが淫欲に耽る様が禁忌の匂いが漂いとんでもなくエロい。つまり前作はこのための前フリだったんだね。完全に前作の主人公ローアンは当て馬になってます。結末から言っても彼、可哀想すぎるかと。
●「天使の繭」……ある天才ダンサーの内面に入り込んでみると――という形而上漫画。若書きらしい掌編。人は何故表現するのか、それは深遠なる闇の彼方に置き去りにしてきたもう一人の自己を探すために、である。完全なる自分となった時、人は廃人になる。
●「青い犬」……デビュー直後の作品。「風木」とか「ポー」とかのアレ風ヨーロピアンな世界で、24年組臭さが強く作風が定まっていないといえるが、よくできている。ある貴族の仕掛ける、ふたりの孤児を使った残酷な遺産争奪ゲーム、それは意外な結末を迎える。憎みあう兄弟達が実は裏では慈しみあっていた――という全てが逆転するラストシーンの無言の一頁の描写が秀逸。


 過度な情を排し硬い質感ではあるが、ドラマチックでスリルのある作品が並んでいる。切れ味のいいナイフのような良質の短編集といっていい。