竹内まりや「University Street」

UNIVERSITY STREET

UNIVERSITY STREET

竹内まりやの二枚目のアルバム。79年5月発売。状況的には二枚目のシングル「ドリーム・オブ・ユー」のスマッシュヒットのきざしが見えてきた頃、というタイミングのリリースだ。
アイドルの真似事のようなことをされられていたと自他ともに言われている忸怩たる時代の作品に、どんなトンデモでも驚かないぞと覚悟を決めて流してみたら、「え? 今竹内さんがやってることとなんにもかわらないじゃない」と拍子抜けする。
竹内まりや作詞が三曲、作曲は二曲で、それ以外は他の作家に委ねられているとはいうものの、それが山下達郎大貫妙子加藤和彦杉真理林哲司・梅垣達志といった陣営なのだから、ええ、そりゃハイセンスでしょうとも。新人アイドルの曲にありがちな泥臭さや過剰な媚態なんてぇのは一切ありませんです。
タイトル通りに東京の私立女子大生的日常と理想の世界が広がっており、そこから長閑で幸福な80年代の日本の風景が立ち上がる。そういった音から漂う時代性というのはもちろんあるにはあるが、その一方でむっちゃ手堅く皆さんご存知いつもの竹内まりやでもあるのよ。
新人アイドル的初々しい拙さとか、方向性を模索している感とか、そういうのはまったくなし。アルバムの大枠のコンセプトから細かい歌唱のニュアンスに至るまで完全に決め撃ち。こなれ過ぎてちょっと怖いぐらいだよ。
しかもこれが売れている。80年春先まで一年弱じっくり売れ続けて、成績はオリコン最高7位、23.5万枚。79年末までに20万枚売っている。シングル「ドリーム・オブ・ユー」「SEPTEMBER」が連続10万枚突破したという状況でこれだけ売れているわけですよ。どう考えても破格。
アルバム売りできるアーティストとして既にすべてが成熟している。(――これ、アルバムセールスまで考慮したら、フツーに最優秀新人賞獲得レベルだよな、こんなにアルバムで成功したこの年の新人いなかったし)。
当時のゲーノーカイのシステムでは、新人歌手のどぶ板プロモーションは避けられないことだったのかもしれないけれども、本人と作品とそれを受け止めるファンは既にそこから逸脱したところにあったのだろうね。こうした下地があって、翌年に松田聖子が登場する――というのはどうでもいい余話。
「不思議なピーチパイ」の化粧品タイアップなかったとしても80年には絶対ブレイクしていただろうし、山下達郎と結婚しなかったとしてもポップス歌手として、一線走ってただろうな、こりゃ。
アイドルでもなんでもないじゃんという思いとともに、やっぱり世に出る人は最初っから全て違うんだなぁ、としみじみ感じる一枚。

復帰しない中森明菜に関しての妄想的考察

 まったく個人的な妄想で申し訳ないのだけれども、中森明菜が歌手として表現したい世界というのは、アルバムで言えば「VAMP」「Resonancia」「Diva」のラインなんじゃないかと私は思っている。歌というよりもサウンドコンシャスな作りで、全体に鳴る音で世界観で表現する、という、
 一方で、中森明菜のファン(――今もファンクラブに入っている濃いタイプから、懐かしいなレベルのふわっとしたファンまで全て含めて)は、どちらかというと彼女に歌謡的なものを求めているような印象が強い。ざっくり言えば、歌詞が立ってて、耳に馴染みやすい、鼻歌にしやすい、テレビから流れて自然と覚えてしまうような歌ね。そういう、明菜の歌を見たい聞きたい。できるならテレビで、しかもすんごい派手な衣装で。っていう。無論、そうした保守的な歌謡曲をかつては歌っていたわけだし、そこにかつての彼女の魅力があったのだろうが、その後も彼女がそこにいるかというとそれは別の話。
 この、中森明菜本人の志向と、周囲とのギャップというのが、02年の「歌姫2」「Resonancia」の連続リリース以降ずっとつきまとっていたような気が、私はする。何かのイベントか番組で「今度はこの曲をカバーしてほしい」というファンの声に「オリジナルは?」と聞き返した明菜の言葉は本心だったように私は感じる。「もうみんな、私の新しいオリジナルはいらないの?」と。振り返ってみると、休業前の08〜09年の異常ともいえるカバーアルバムの乱打は、そうした状況下にあった彼女の悲鳴だったのかもしれない。
 中森明菜が現在、長い沈黙を守っている一方で、夜ヒットDVDなどの過去のアーカイブ化に関して積極的であるのも、そういった事なのではないかと私は邪推している。「昔の私が好きならDVDで昔の私に会いに行けばいいし、他の人の歌った古いお歌が聞きたいならカバーアルバムもういっぱい出したし。今の私のやりたい音楽? 誰もそんなの聞きたくないでしょ」と。
 最近は、各メディアで明菜待望論が語られることが少なくない状況となりつつあるけれども、それが「華やかな歌謡界の王道たる中森明菜」であるかぎり、中森明菜のシンガーとしての真の復活―――セールス的、芸能界的な意味ではなく、中森明菜がいきいきといまの自らを表現するという、表現者としての復活は、難しいのではないかと私は思っている。
 もちろん、この休業の間、明菜になんらかの心境の変化が起き「よし、もう一度、お神輿乗ってみるか」となって、かつての小林幸子の紅白バリの演出で復活、派手な衣装と派手な歌で芸能界のど真ん中に撃ち抜く、ということも全くゼロとはいえないだろうが……ってやっぱないか。
 新曲はインディーズや音楽配信でいい。ライブも小さな箱で充分。自分のペースで自分のやりたい音楽にじっくり取り組める環境をうまく作れたらと、私は思うのだけれども。昔は昔、今は今と割りきってね。
 祭り上げられて再び歌う機会を失った山口百恵と同様(――周囲が自然と忘れてくれたなら、南沙織や西田佐知子、久保田早紀のように、引退後もなんらかのタイミングでさらっと新曲吹き込んだのではと私は思っている)に、中森明菜もまた過去の亡霊に呪縛されているのではなかろうか。

冬コミ関連

さてさて。年末のオタクイベント冬コミ。今回も参加します。

● 30日(月) 東モ-07a/なかとも会

今回は「邦楽/アイドル」のスペースで取ってます。ちょっと居場所違いますので、お気を付けください。
んで、事前連絡していた新刊「谷山浩子 時の秘法 1972-2013」ですが、落ちました。申し訳ない申し訳ない申し訳ない。
これがコミケのカタログで「新刊あり」告知すると出ないフラグかぁ。しみじみ。
もう絶対イベント申込時に新刊予告なんてしません。学習した。しましたっ。
てわけで、二度あることは三度ある、コミケで新刊ないと寂しいので突貫コピー本、今回は薬師丸ひろ子さんで行こうと思っています。
角川時代のこととか、いろいろ振り返った感じで、歌モノだけにとどまらない予定ですが、どうだろ、きちんと出るかな、ひとまず鋭意製作中です。あと時間があれば、なんか他にも。明菜様のDVDBOXの話もじっくり語ってなかったりするしねー。これもなんかのタイミングで消化/昇華したいのですが。
もうこんなドロナワな制作ペースはみっともないので、ちょっと来年以降考えます。真剣に。
あと、こっちのブログ見ている人にはどーでもいい事かもですが、大竹直子さんとの合同歴史同人に関しては、大竹さんの商業の仕事の進捗状況を見て「来年には」という所、こっちの原稿はもう私の分書いちゃってるんですけどもね。
ちなみに去年出した大竹さんの同人画集「古今若衆」は私が編集/デザインで関わってたりしてます。これも当日スペースに数冊置きますので。
それにしても、年取ると趣味に時間って割けなくなるのね……。やる気はあるんですやる気は。体力が……深刻に足りない。ほんっっといろいろ申し訳ないです。
あ、今回のイベントは午前中は私スペースに居ない確率が高いと思いますので、もし直接お話したいという方はそんな感じですので、ひとつ。
「明日から本気出す」って言い訳しているダメ人間そのものな感じですが、呆れずに付き合ってくださったら幸いです。以上、本日の報告終わり。

アクセス解析OS/ブラウザ編 (自サイトの場合)

むっちゃくちゃ久しぶり(4年ぶり?)くらいにアクセス解析チェックしてみた。
ちょっと興味深かったのでその話。

まずOSの分析結果。

1 Windows 7 37.4%
2 iPhone 15.9%
3 Android 14.3%
4 Windows XP 8.0%
5 Macintosh 7.1%
6 Windows Vista 5.1%
7 Windows 8 3.6%

8位以下は2%を切るので割愛。
Win 7がトップに君臨するのは当然として、その次に並ぶのが、iPhoneAndroidって……。スマホタブレットで見てる人、こんなに増えたのか。
ガラケーを含めると、モバイル端末で見ている人が大体全体の35%。外で閲覧してどうなるものでもないオタク系サイトでこの成績ってのはちょっと驚き。
そして地味に増えているMacとびっくりするほど普及していないWin8
そしてどうするXP。ま、買い換える気、起きないよなー。
サイト開設した10年ほど前は確か、Win XpとWin2000がだいたいそれぞれ35%前後のシェアを分けあっていて、モバイル系やMacなんてほんと微々たるものだったかと。隔世の感。
動画サイトもSNSもブログも広く認知される以前の時代だから、ま、そんなもんかといえばそうかもだけれども。

次がブラウザ。

1 Internet Explorer 10. 27.2%
2 Safari 4.0 12.7%
3 Safari 7.0 9.2%
4 Internet Explorer 8.0 7.2%
5 Chrome 30. 6.8%
6 Chrome 9.0 5.6%
7 Safari 6.0 5%
8 Firefox 24. 4.3%
9 Internet Explorer 9.0 4.1%
10 携帯: ezweb 3.3%

SleipnirなどのIEコンポーネントブラウザもIEにまとめられているっぽい、とはいえ圧倒的にIE上位。勢いありまくるSafariipadとかからってことなんかな。
んでもって、ChromeFirefox、意外と伸びてないんだな―。ワタシ的には日常使いはほぼChrome一択で、時にFirefoxSleipnirちょろっと動かすという状況。
Chromeさんはメモリ馬鹿食いするけれども、そんなに重い作業しないしさ―。音楽流しながらネットウロウロしつつ、一太郎とか動かしつつ、ってのがフツーの使い方だしの。
いまやIE動かすことなんてホント数えるくらい。でも世間的には、ブラウザなんてありもののIEで充分じゃない?って人が圧倒的に多いんだね。

ちっぽけな個人サイトのデータからも、Microsoftの天下が終わりを告げようとしているということがひしひしと伝わってくるね。
ぶっちゃけ00年代のWin XP全盛期がMSの黄金期だったってなりかねないじゃ、という。諸行無常

FNS歌謡祭の朋ちゃんの件

 イチオ、コレ、触れておいたほうがいいのかね。FNS歌謡祭にて小室哲哉華原朋美、15年ぶりの再会。小室哲哉のピアノで華原朋美が「I'm proud」「I Believe」を歌い、2人は握手する。と。12時を過ぎたシンデレラの長い長い後日談に、ついに終止符を打たれた、ということなのだろう。たぶん。
 率直な感想を言えば、とうとう、ついに、という感慨は確かにあった。あったけれども、それと同時に妙な虚しさを感じたのも事実。冷めてたね、私は。直後の三谷幸喜の宴会芸のせいだけではあるまい。とうに葬儀も終わって埋葬もすましたものをあえてほじくり返すような、そんな鼻白む気持ちがあったね。
もう何年前の話だよ、と。
 白馬の王子様の小室哲哉は丸めた背中に哀愁のみっしり張り付いたしょぼくれたおじいちゃんになっていたし、シンデレラの朋ちゃんも、昔よりは歌はうまくなったし、美貌も年齢以上だけれども、それは、吉牛の汁だくかっこみながらひゅーひゅー雄叫びあげてた、ちょっと足りなく、かなり危うく、とてつもなくキラキラしてたあの朋ちゃんでは、けっしてなく。つまり、時は過ぎたんだよね、あたりまえのことだけれども。
 しかも、そんなことはもうとっくにわかっていたわけで。
 小室哲哉が歌手としての華原朋美に何かをまだ見ているとしたら違っただろうけれども、テレビを見る限り、そうではなかった。華原朋美も1歩ずつ忘れていく道を選ぶだろう。そうしてゆるやかにそれぞれが凡庸な日常に着地していく。 タレントとしての華原朋美、作曲家としての小室哲哉、それぞれがそれなりにこれからもやっていくだろう。しかし大衆を魅了する芸能の女神はもう二人の前には舞い降りるまい。
 そんな、とうに終わっていたことを、確かに終わっていると確認するための、虚しいセレモニーと、私は感じた。
 松田聖子郷ひろみのデュエット企画とか、アレとおんなじやね。身も蓋もなく言っちゃえば。

死んでるように生きている

 ここも、なんかただの生存報告会になってるだけのような……。一年更新途絶えたら死んだとでも思ってください。て、まあ、こういう自虐が割と冗談でもなくなってきている30代まっしぐらなのですが。
 ホントね、愚痴撒き散らすのも何だからと、あえてだまってたけれどもさ、去年今年と、体のあちこちガタ来てて、どっかこっかが痛いわけですよ、身体悲鳴あげてるわけですよ、呑気に萌え語りする体力も削がれるっていうわけですよ。
 もうね、昔は人生50年とか言ってたわけで、それがこう、リアルに感じちゃうわけね。ああ、もう私の肉体の耐用年数、そんなに長くないぞ的な、ちょろっと無理したら死ぬってパターンもありうるな、的な。どう見積もっても、人生折り返し地点は来てるぞ、的な。
 凹むよね。だるーくなるよね。友達に意味なく「鬱だわぁ―」って言いたくなるよね。そういう気持ちで、アイドルでも何でも「かつてのなにか」の懐古とか、ヒジョーに精神衛生上、良くない。ふわーっとノスタルジーの洞穴なかにひきずりこまれるような気がする。後向きの作業ができるのは心身が前向いとる時だけ。しみじみ思うわけですよ。
 みなさん健康に気を使ってますか。生き生きしてますか。日々萌えてますか。燃えてますか。私は毎日のごはんを麦飯に変えました。ってなんじゃそりゃ、ホントただの爺の繰り言じゃこりゃ。
 あんね、今年のはじめにパソコン変えたんですけれども、いやあ、今のパソコン、いっちゃん安い型落ちスペックのものでも、もう、なんでもできるね。びっくりよおじさん。音源も画像も動画もストレスフリーで編集・加工すいすいできるしさ。なによりHDDの容量と価格破壊のお陰でDVDやCDに焼くことすら殆ど無いわけで、ここ一年で深刻にステレオとDVDプレーヤー使わなくなっちゃった。パソコンに取り込んで、あとはパソコンで聞くなり、MP3プレイヤーで聞くなりで、おしまい。コレって趣味人としてどうなの?と思いつつ、この快適さは、やめられない。CD入れ替えなんてやってられっか、という。ぶっちゃけ、圧縮音源でもそこそこいいスピーカーで聞けば全然気にならない。あ、ちなみにパソコン用の安価なスピーカーならLOGICOOLの「Z120BW」マジオススメ。1500円の出す音ではない、これ。
 でもさ、こうして便利なればなるほど情熱ってのは、薄れていくよね。
 昔は、それこそ1枚のCD買うために、呻吟していたわけですよ。コレ、どうなん?イイの?悪いの?どっちなの?はっきりしてよ。ジャケット・デザインやら曲目やらで前作の出来やら、様々な要素を勘案して、その一枚を選んでいたわけですよ。若けりゃ若いほどお金もないしね。何も知らないミュージシャンの作品とか、殆ど博打だったわけですよ。
 でもさ、いまや、amazonとかの通販サイトやら公式サイトで試聴もできるし、下手すりゃ動画サイトで落ちてたりもする。これこれこうっていう作品情報もてんこ盛り、評判だっていっぱい落ちてる。良かったよ、悪かったよ。よりどりみどりですよ。なにかもう聞く前から聞いた気分になれるよね、ここまで来ちゃうと。実際ネット上にはいっぱいいるじゃん。ネット上の噂だけ判断するそそっかしい人。ひとまずamazonは見ず聞かずにディスったり絶賛してる悪質なレビューは即刻削除しろよ、的な。テメーの買い間違えで低評価つけんな糞がっ。って、あ、また関係ないこと言ってもうた。
 価値がどんどん相対化されてどんどん自分の感情が微分されていく。便利さと引き換えになんだかとっても悲しい人になっていってるのがひしひしと感じる。だったらもう見ない聞かないしゃべらない。私はもう何処へも行かない。ここ一年近く、そんな気分が心のなかに、確かにあったかな。うん。
 ところで、今年はあまちゃん効果で世間的には80年代アイドルブームだったということになってますけれども、今年のFNS歌謡祭とか、そんな感じのプログラムだったしさ、あと、コンピCDとかアイドル関係のレビュー本とかも、けっこう発売されたしね、でもこれってどうなんでしょ。てかさ、どうよ。どうなのよ? ほんとにブームだった? ちょっと前のアイドル戦国時代とかK-POPとかとおんなじマスメディア内部だけのムーブメントなんじゃないの? そこんところどうなのよ? ヒジョーに深い疑いを持っております、私。それに関連して明菜の古傷弄くり倒するような報道がチラチラ上がったのも「感じ悪いよね―(by浜崎/死語)」ってところだし。なんか次へとつながるうねりを感じないのよね。ホントのブームってどんな質のものであれ、動的で、生き物のように生きてうねってるけど、なんか静的で死んでる感じがするんだよね。さながら今の私のように。
 て、くだ巻いてるうちにいい塩梅にタイトルにつながったところで終わる。

ファビコンとか。

favicon作ってみた。
タブとかブックマークの左端に出ているちっちゃなアイコン、気がつけば大きなwebサイトにはたいていついてる独自のアレ、自サイトでもできないかなぁとどうかなぁと調べたら……ものの30分もかからずに出来た。
ついでにトップページもビミョーにマイナーチェンジしてみたり。判子押してみたり。
最初はこのハンコをfaviconにしよ〜とおもったんだよねー。16×16ピクセルだと潰れてダメだった。
てな、日々のつれづれ。あんまり更新しないと広告うざいしなッと。