南野陽子「時の流れに」

 南野陽子の91年夏のコンサートツアー最終日、1991.8.31 中野サンプラザの公演を完全収録したビデオ作品。
このコンサートを最後に彼女は歌手を廃業、実質的な彼女のラストコンサートでもある。
 セットリストは、全てのシングルを発表順に歌い、中間部にニューアルバム「夏のおバカさん」収録の楽曲をという流れ。全てのコンサートツアーをビデオとして作品化している彼女であるが、一番歌手としてクオリティーが高いのがこのツアーだと、私は感じる。
 アルバム「夏のおバカさん」では全作詞作曲にのぞんだ南野陽子であるが、「フィルムの向こう側」ではキーボード、「涙はどこへいったの」ではギターの弾き語り、とアーティストとしての部分を披露、歌唱はあいかわらず上手いとは云いがたいだが、彼女なりの安定をみせているし、情感は相変わらずしっかりしている、歌う表情もクリアだし、動きにも切れがある。
アイドル的な「萌え」の部分――幼けなさや拙さはまったくないのだが、そのぶん、表現者としての成長が垣間見える。20代前半の女性のリアリティー、のようなものが、舞台から立ち上っている。
 才能がある、稀有である、と断言するにはいささか足りないのであるが、このまま歌手活動を続けていたら面白いものが見えたやも、と思わせるものがある。図らずもこのライブのMCで「これからが南野陽子の二段目」と語っている。彼女は、アイドルから成長して、何者かになろうとしていた。
結局それらは「寒椿」や「私を抱いて、そしてキスして」などに繋がり、つまり彼女は、「女優」になってしまうわけであるが。
 当時の彼女を、映画監督・澤井信一郎は「タイプとしては松坂慶子に近い。悪女を演じられる華のある女優」と評していたが、
確かにここに収められている彼女は、アイドル全盛の頃の、あるいはバラエティー番組に足しげく登場する今の彼女の表情とは随分趣が違う。
 華やかであるが多分に険と毒気を含んでいて、つまりはあんまり幸福そうでない。
 90年代前半は、全てのアイドルにとって受難の時代だったが、そのなかでも特に「いろいろあった」当時の、南野陽子。それを記録したという意味においても興味深い。
 それら全てをひっくるめてこのライブビデオは、「アイドルの時代」であった80年代の終焉、その一コマである。切ないノスタルジーが画面から溢れかえっている。