原田知世「静かな夜」

 91年11月、彼女の誕生日に発売されたシングル。本人出演の佐藤製薬の風邪薬「ストナ」のCFソングでもあった。そして彼女のシングル作品の中で、最も売れなかったシングルでもあろう。タイアップを組み、しかもアルバムからのリカットでも先行シングルでもないのにオリコン週間ベスト100位内にランクインしていない。おそろしい。その後もオリジナルアルバムにもベスト盤にも収録されることはなく、完全に忘れ去られている(――とここまで書いてよく調べたら、91年発表のアルバム「彩」を廉価にて再発売した時にむりくりにつめられている)。わたし自身も発売から一ヶ月以上たった後に、CDショップで偶然見つけて驚いた記憶がある。それほどまでに歌手としての原田知世は当時求められていなかった。
 ただし曲はいい。いわゆるクリスマスソングのなのだが、森雪之丞の乙女耽美な詞に、中崎英也の星屑を散りばめたような静々としていながらドラマチックなサウンド(――サックスとパーカスの音色がかなり印象的)、原田知世の冷たい質感のあるボーカルが絶妙な空気を醸し出している。今まででいえば「早春物語」に一番近い「蒼」をイメージする作品だけれども、それよりもなお怜悧な印象だ。カップリング「Voix Paradis」も同じ路線の凍てついた冬ソングで、ファルセットで歌う原田知世がちょっと幼い印象に聞こえるけれども、悪くない。
 女優・原田知世と歌手・原田知世のイメージをひとつの形として止揚しようとしていたのか、この時期の彼女の歌はそこはかとなくフレンチ風味でドラマチック。アルバムを聞くと「雨音はショパンの調べ」の小林麻美とか、あのあたりに近い感じも受ける。歌謡感を失うことなく洗練されていて、彼女のイメージにもあっていて、いいところついてるなあと、今でもこの時期の作品を私はよく聴くのだけれども、この路線はあまり広く受け入れられることはなかったようで。
 翌年には鈴木慶一と出会いアルバム「GARDEN」を発表、以降、原田知世の歌手としてのバリューはマニアックな層を中心に再び甦り、現在の彼女の音楽のベースメントを築いていくことになる。