鰐淵晴子 「らしゃめん」

らしゃめん(紙ジャケット)

らしゃめん(紙ジャケット)

 ジャケットがはっとするほど美しかったので思わず衝動買い。76年作品。明治期の洋妾(らしゃめん)をテーマとしたコンセプトアルバム。全作詞とプロデュースは杉紀彦。作曲は加藤和彦井上忠夫(大輔)、佐藤健、菅原進、きくち寛。編曲は全て石川鷹彦サウンド的にはフォーク時々ディスコという仕上がり。
 全体は物語仕立てになっているのだが、没落士族の娘が売られ、らしゃめんとなり、望みなき愛欲の夜を重ね、足抜けするも連れ戻され、私刑され――といった救いもなにもあったものではない。特に云わんとするストーリーはなさげで、つまり親父のエロ妄想。タイトルからしアレげな「しばられて」なんて、加藤和彦の手によるファンキーなディスコビートに、鞭の鳴る音と「ああん」と悶える鰐淵晴子の声が二分半延々と続くだけという、もうお好きな方にはたまらない、そうでない方にはうんざりする一曲に仕上がっている。
 とどのつまり、このアルバムって「ハプスブルク家の末裔の鰐淵晴子をらしゃめんにしちまおうぜ」という白人コンプレックスのおっさんのいやらしい意趣返しがもともと動機なのだろう。元々女優の鰐淵が歌えていないのはいいとして、全体に漂うおっさんのねっとりした性欲に、げっぷが出る。池玲子畑中葉子の世界をワンランク上品にした、という親父エロの世界。
 その中、タイトル曲「らしゃめん」シングル「黒いらんたん」の二曲が、段違いにいい。ともに加藤和彦の作曲エキゾチック・フォークともいっていいテイスト。
 フォークの叙情性はかつてのフォークルっぽくもあり、テーマ的にはミカバンドの「黒船」に近しく、白人コンプレックスを逆手に取った異国情緒は、後の安井かずみとのコンビによる一連のヨーロッパシリーズにも通じている、実に加藤和彦らしい傑作。猥雑な空気が全体に漂うアルバムだが、この二曲だけ、泥沼に咲く蓮の花のように、白く浄化されている。
 この二曲と、当時の彼女のダンナ、タッド若松の手によるジャケットやインナー写真の、妖気ただよう彼女の姿だけのためのアルバムかと。コンセプトとしていい所ついてるんだけれどもな。加藤・若松両氏を除いて、男の性欲だけで埋まっちゃった感がもったいない。