研ナオコ 「弥生」

LOVE LIFE LIVE 弥生

LOVE LIFE LIVE 弥生

 08.07.07発売。実に14年振りとなるオリジナルアルバム。書き下ろしが四曲、カバーが五曲。全九曲中八曲が宇崎竜童作品。78年の「Naoko V.S Miyuki」79年の「Naoko V.S Aku Yu」に続く、「Naoko V.S Uzaki+Aki」と見てもいいかも知れない。
 このアルバムはとにもかくにもタイトル曲「弥生」が傑作過ぎる。途中「かごめかごめ」「竹田の子守唄」「さくらさくら」といった童謡を挿入した10分にも及ぶ大曲なのだが、テーマは堕胎。とはいえ、社会問題を厳しくアジテートするような気配はなく、夜桜の散るがごとく儚げで哀しみのこぼれる歌唱に引き入られるようにしてじっと耳を傾けると、世界がクリアに見えてくるといった作り。
 なにがどうしていった微細を全てを直接的に表現せず、「かごめかごめ」は女郎の流産・堕胎を歌ったという説や、「竹田の子守唄」は同和問題を孕んでいるといった件を読み込んではじめて輪郭をくっきりとさせる阿木燿子の詞作も、山口百恵らに大量に詞作していた時期からまったく衰えることなく、いまだに鋭く光っている。
 年月の流れのままに心は移ろいながら、しかしもう一方の心は時の淵に取り残されたままいつまでも弥生の宵に佇むひとりの女。ラスト、さくらさくらの詠唱に、全ての人の業は、清く洗いたてられる。西行の「願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃」を想起させる傑作といっていいだろう。インディーズだからこそ、ここまで踏み込んだ曲が歌えたのかもしれない。
 重厚な「弥生」から一転、お互い大人過ぎて成就できなかった恋をさりげないフォークロックで表現した「シャイだった」の小粋な軽さもよく、内藤やす子の巻き舌っぽい歌唱を残しながらもよりブルージーに迫った「想い出ぼろぼろ」、諦念具合のほどよさがいい「TOKYOワルツ」もよく、ラスト飾るロックナンバー「煌めく河」も時の流れを力強く掻いて泳いでゆく姿が好印象。
 そっぽを向いていると間近に顔を寄せて、逆にぐいとつめよるとはぐらかす。でも、はぐらかしたように見えて、本当ははぐらかしていない。そんな研ナオコらしい距離感も相変わらずで、レコードアーティストとして14年もブランクがあったとは思えない。世間的にはすっかりバラエティータレントと思われている彼女だが、地道に地方でのコンサート活動を続けた甲斐のあった作品といえる。最近の中島みゆきはがなり歌唱で押し付けがましくなっちゃってトゥーマッチなんだよなー、という御仁には最適の女流フォークロックアルバムだ。