川瀬泰雄「プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」

プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡

プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡

 これは物凄くいい本。山口百恵の音楽が好きならばマスト、コレ読まない奴はバカ(おすぎ風)。山口百恵のほぼ全作のディレクションを担当した当時ホリプロ所属の川瀬泰雄氏による山口百恵全楽曲レビュー+当時の回想記。
 たいていの業界関係者の回顧本って、当時の細かい部分とか、思い出補正かかりまくりでいい加減で、事実と違っていたり、あるいは時系列とか因果関係とかぐちゃぐちゃになってたり、あるいは主観はいりすぎてて、結局の所ただの自慢話したいだけ?ってモノが多いのだけれども(――誰のどの本が、とは言いませんがね)、この本は違う。ぜんっぜん違う。
 百恵ファンサイトの管理者の手にしているデータを借り、また自らが記した当時の記録を押入れの中から引っ張り出し、関係者仲間(――編曲担当で川瀬の個人的友人である萩田光雄氏やらソニー側のディレクター・金塚氏など)から「あの時どうだったっけ?」と再度の聞き取りをした上での執筆であるようで、極めて客観的で正確。ファンが読んでて「川瀬さん、それ、事実関係違くない?」という部分は一切ないし、もちろん、「へー、こんなことがあったんだ」という裏話はどっさり。かつ一曲ごとにみっしりとレビューしている。関係者ではあるんだけれども、書き口がきちんと、批評家視点なんだよね。歌手・山口百恵をリスペクトし、きっちり真正面に受け止め、かつ一定の距離を保って、語っている。
 ゆえに、出来がよくなかったものはよくないとはっきり断言。今振り返るにコレはこうすればとか、この時は迷いがあった、とか、こういう意図だったが仕上がりはつまらない作品になってしまったとか、真摯かつ率直に語っていて、クール。関係者の文章でコレができるってのは稀有なんじゃなかろうか。もっと情緒的で距離感取れなくなるものですよ、フツーは。
 んでもって、個人的には、ここがよかった、コレはよくなかった、こう見立てる、この部分がツボ、といったところのいちいち「そうそうそう、やっぱりそう思ってましたかっ」と思うところばかりで(引退決定以前の「春告鳥」の頃の迷いとか、過密スケジュールゆえに荒れたボーカルが逆にドキュメンタリータッチに響く80年の諸作品とか、「花筆文字」「寒椿」「霧雨楼」「曼珠沙華」「夜へ……」「娘たち」「イントロダクション・春」とアルバムやカップリングのみで展開した純和風ロックとでもいっていい宇崎・阿木・百恵の作品でしか味わえない独自の世界観とか、「しなやかに歌って」より絶対「あなたへの子守唄(原題/しなやかに愛して)」だよね、とか)制作者である川瀬氏の視線と、山口百恵の音楽の1ファンである自分の視線とがきちんとシンクロしていたのがわかって、なんだか妙に嬉しかったりして。ここまでシンクロして楽しんで読めるってことは、翻っていえば、川瀬氏もまた一ファンとして心底楽しんで山口百恵の楽曲制作に携っていたのかなぁとわたしは感じた。
 ともあれ、ひとりの書き手が、アイドルの楽曲をメインテーマに、しかもひとりのアーティストのみに焦点を当てて深く掘り下げた書籍っていう意味でも稀だし、関係者がひとりの担当アーティストに関してみっしりと語った書籍という意味でも稀。ちょっと他にないよ(――作ろうにも、ジュリーにしろ、聖子にしろ、明菜にしろ、レコード会社移籍・独立などで途中で担当ディレクター・プロデューサーも代わっているわけで、ゆえに関係者による全作レビューってのは無理筋なわけだしね)という一冊。読むべし。