小泉今日子 「Liar」

Liar +2(紙ジャケット仕様)

Liar +2(紙ジャケット仕様)

 小泉今日子は、自らを率先して演出する人ではなかった。デビュー二年目の83年、新ディレクター・田村充義に「誰か書いてもらいたい作家、居る?」とたずねられて「そんなこと自分から言っていいんだ」と彼女は驚いた、という。小泉今日子は、自作詞もアルバムプロデュースも、最初はディレクター・田村氏からの再三の勧めに応じる形でスタートしている。頼まれもしないのに、曲発注・衣装・振りと、自分の意見を飛ばしまくる中森明菜との違いが、ここにある。田村充義との出会いがなかったならば、歌手・小泉今日子は、存在しえなかった。そんな彼女が、「はじめてレコーディングを楽しく感じた」というアルバムが、86年夏発表の「Liar」である。
 自分でスタイリングしたという自然体のジャケット写真から見てわかる通り、地を出したはじめてのアルバムといっていいかも。
 B面は、シングル「100%男女交際」のイメージの延長で作られている。こちらは良くも悪くもビクターアイドル然とした「歌うノベルティー路線」で、前作「今日子の清く楽しく美しく」が好きならば、ま、気に入るだろうなという従前路線なのだが、一方のA面がユニークに仕上がっている。
 友人である野村義男をはじめEPO佐藤健らが参加しており、岡崎京子あたりのエイティーズ・女流サブカル漫画をアイドルポップスに変換したらこうかな、という、お洒落でとんがっててキュートなきらきら世界。
 多重ボーカルの美しい自作詞「Liar」をはじめ、間奏の弦アレンジにニヤッとする「I Love You」、吾妻ひでお風ナンセンス和歌が唐突に挿入されてファニーな「美しきグロテスク」(――和歌パートは巻上公一?)、エッジの効いたニューウェーブ風の「青い鳥」、「ニュアンスしましょ」「くちびるヌード」ラインのEPOお得意の中華メロディーが心地いい「Friendly You」と、新鮮で瑞々しく、かつ高水準をキープしている。90年代に一気に花開くガールズ・ポップ/ロックの息吹が、確かにここに感じ取れるはずだ。
 同時期、盟友・中森明菜はセルフプロデュースアルバム「不思議」でいよいよアーティストとして本格化している。A面の仕上がりに何かを感じた小泉今日子もまた、アイドルから先への模索をここからはじめる。ニューウェーブ色を一気に強めた次アルバム「Hippies」でついに≪半分セルフプロデュース≫を銘打つことになる。「真っ赤な女の子」以来のイロモノ歌謡を「歌わされる」小泉今日子は、このアルバムでおわった。