泰葉「TRANSIT」

 現在ワイドショーを中心に話題沸騰中の泰葉のファーストアルバム。81年作。小ヒットしたデビュー曲「フライデイ・チャイナタウン」収録。全作曲は泰葉、作詞は荒木とよひさと山尾潤子、編曲は井上鑑、若草恵、矢野立美+泰葉で分担、――という布陣。
 いわゆる八神純子渡辺真知子庄野真代大橋純子のラインといえばわかりやすいか、70年代末期に流行ったテレビ向けニューミュージックの歌姫たちの世界。A.O.R系の瀟洒サウンドで、20代前半の都会暮らしの女性の日常を私小説的に描く、といった感じ。
 泰葉のボーカルは、舌っ足らずで年齢よりも幼い印象があるけれども、しかしそれがきにならないほどにパワフルでどの曲もぐいぐい聞かせる。とにかく陽性でハイエナジーなのだ。
 シングル「フライデイ〜」はもとより、スローからアップテンポにシフトチェンジするのが心地いい「ミッドナイト・トレイン」、サンバの「Love Magic」、ロック的なアプローチを見せる「モーニング・デート」など、とにかく明るい。しかも「Bye Bye Lover」の超絶スキャットで爆発したと思ったら、ジャジーな「空中ブランコ」で繊細にゆらいだり、と、ボーカル・作曲ともに表現力の振幅が激しい。ゆったりとスイングする「アリスのレストラン」もなかなか。
 というわけで、デビュー盤にして完成度の高い佳作なのだが、81年という時代は、80年代ポップスの怪獣・松田聖子がデビューして、日本ポップス界のベクトルを一気に変革して後、という頃。聖子の登場によって、八神・真知子・庄野など、先行していた彼女らがシングルアーティストとしての命脈を絶たれるのに、泰葉がその影響を受けないわけもなく、デビュー以来さしたるヒットをモノにすることなく、低迷。バラエティータレントとしての活路を見出したりと、色々あったが、88年に春風亭小朝と結婚し、芸能界引退。このまま静かに暮らしていくかと思ったら、以下は皆さんご存知のとおり。

 つまりここでわたしが云いたいのは、早く彼女を病院に連れていってあげなさいよ。ということなのである。彼女はひとまずまっとうな歌手では、あったのだから。悪趣味な見世物小屋も、楽しい人にとっては楽しいんだろうがね、心の病んでしまった人を嘲笑っているようで私は気分が良くない。
 ちなみにこのアルバム、井上鑑編曲作品は彼の当時のバンドのパラシュートサウンドど真ん中。彼のソロアルバム「予言者の夢」が好きな御仁は楽しめるのでは。