山瀬まみ「親指姫」

 89年11月発売。恐らくほとんどの人が知らないんだろうけれども、山瀬まみは極めてまっとうなポップスシンガーだったのだ。デビューアルバム「リボン」は必殺の松本隆プロデュースで同年の松田聖子「Supreme」とほぼ同じ作家を起用、彼女自身もそれに耐えうるパフォーマンスを披露した超豪華アイドルポップアルバムだし、その後も阿久・大野コンビの和製ユーロ「かわいヽ人よ」、富野アニメ「機甲戦記ドラグナー」のテーマ「スターライト・セレナーデ」、「Heartbreak Cafe」「セシリアBの片想い」「サヨナラの仔猫」などなど、アイドルという範疇でありながらそれよりもさらに大きなスケールを感じさせるいい歌を歌っていたのだっ、よ。どれもこれもまったく売れなかったけどね。
 一方、タレント山瀬まみは、テレビのバラエティー番組を中心にいつの間にかメディアの人気者に。歌手面でもこりゃなんとかせにゃいかん、というわけで生まれたのがこのアルバム。「山瀬ロック化計画」なんぞと銘打って大々的に売り出された。
 全曲のアレンジが横関敦三柴理(江戸蔵)で、作詞・曲には大槻ケンジ、内田雄一郎が参加し、とつまりは筋肉少女帯が中心で、他作家に矢野顕子、奥田民夫、サエキけんぞうデーモン小暮泉麻人などなど。シングルカットはしなかったけれどもCMソングに起用され、テレビ披露も多かった「ゴォ!」は知名度がわりと高いかも。
 ――というわけなんだけれども、内容は、まぁぶっちゃけていえば、悪ノリ(笑)。いわゆる「イカ天」時代のバンドサウンドの典型なのだけれども、彼らの青くいなたく能天気な世界観でもって、ゲーノーカイのバラドル(笑)山瀬まみの内に秘めるリビドー大放出してみたら、といった感じ。ただひたすら無内容にアゲアゲ馬鹿騒ぎの50分強。「うだーうだーうだー」とわたしも山瀬と一緒に絶叫しちゃうってなものです。
 ただね、正味の話、これを聞いて、「オレ、山瀬まみのファンになるよ」って奴、いるのかとなると、これ、かなり難しいと思う。
 三柴理矢野顕子を弾いてみたら……というアイデアでなのだろう「ヒント」、「パノラマ島」というワードの出てくる、これどうみても筋少ですよねの「恋人よ逃げよう世界は壊れたおもちゃだから」など、面白い曲多いのだけれども、それが「山瀬まみ」の魅力へと集約していかない。厳しい言い方をすれば表現として血肉化していないのだ。
 七変化する山瀬のボーカルも、この人は器用というよりも器用貧乏だな、という切ない部分が、ある。上手いけれども、ちっとも魅了されない。これが和田アキ子以来の、女性歌手をイロモノにさせるホリプロプロデュースなのかもしれない。むむむ。山瀬はその後「親指姫ふたたび」「Might Baby」とアルバムをリリースするが、評価されることなく歌手面ではフェードアウト。
 一方、バラエティーアイドルとして当時ライバルであった森口博子は翌年正攻法のポップス「エターナルウインド」がベストテンヒット。その後もガールズポッパーとしてコンスタントにヒットシングルを繰り出し、歌手としては大きく水をあけられることになる。