佐藤史生 「この貧しき地上に」

■ この貧しき地上に 85.02.20 新書館


●「この貧しき地上に」〜「青猿記」〜「一陽来復」……クノッソス宮殿で失踪した青年と残された家族の物語。ファンタジー的な装飾が施されて入るものの、これもJUNE。失踪して記憶を失った天才青年・清良とそれを拾ったひきこもりの天才ゲームクリエイター蓮見の関係がモロJUNE。孤独な天才エリートの発狂って言うのが結構テーマとして多いな。佐藤さん。この話もファンタジックな装いをはぐと、「エリートの矜持をもちながら強気に孤独に生きていくよりも、理解のあるやさしい旦那さんに愛されながらそれなりに生きていくほうがいいよね」という、つまり江森三国志孔明さん的な話だと思うし。
●「お前のやさしい手で」……赤江瀑とか榊原史保美の世界。ホモホモしい復讐劇。ある資産家を舞台にした本妻の息子と私生児の息子と愛憎の絡み合ったドロドロの葛藤。俺が殺したお前の手で俺も眠りたい――だからお前のやさしい手で、というタイトル。和風セレブな描写とかがむしろ懐かしい。


 全体的にJUNE臭さに満ちた一冊。親子や兄弟の葛藤でみっしりとしとります。自己受容に苦しむ美青年。
 ちなみに「この貧しき地上に」の田舎暮らしの引きこもりの天才ゲームクリエイター蓮見は、インターネットを前提とした職業と性格と生活パターンを有していて、21世紀の今現在を予見した登場人物といえるかと。このあたり地味に凄い。
 そう考えてみると、佐藤漫画に時々出て来る、経済的成長が幸福であるという前提に立脚した汗臭い成功哲学に疑念を提示し、自分の生きやすい穏やかな場所をみつけようと模索する登場人物たちは、ある意味、ネットコミュニティーをベースにした今現在のトレンドともいえるかもしれない。