文藝別冊 「総特集 萩尾望都」
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2010/05/14
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萩尾望都っていうのは実に自照性の高い作家で、ファンタジーやSF、海外を舞台にした非現実的な虚構を常に構築しながらも、創作の根本にあるのは常に「自分とその家族」だと、私は思っている。――ので、今回、本人のみならず、実母、実父、実姉、実妹にインタビューを取りつけたのは大金星。
「ポー」と「トーマ」が商業的に大成功して、個人プロダクションを立ち上げたはいいものの、肉親を役員に据えたところトラブルが多発して大喧嘩、結局会社を解散させて、「メッシュ」や「訪問者」を描くことになって――。といった萩尾望都が作家としてのセカンドステージに到る一連の流れが、具体的・立体的に見えてくる。もちろんここにあるのが全てではないのだけれども、萩尾の一ファンとして腑に落ちるところが、たくさんあったかな、と。これはこういうことだったのかな、っていうね。
それにしても萩尾ママ、漫画家としてこんなに大成功して、神とも崇められてる――しかもかつて大喧嘩した娘に対して、いまだに「劇作家になって欲しい」とか、いうかね。これがジェネレーションギャップなのか、それとも萩尾ママがとりわけ頑迷なのか。
そのほかにも、飯能に引っ越したのは光化学スモッグがきっかけってのに時代だなーって感じたり、今まであまり話さなかった少女時代をすごした炭鉱の町・大牟田の話や、見事な汚部屋に仕上がってる仕事部屋の写真に、こんな所も見せちゃうんですかとおののいたり、「感謝しらずの男」の心の病に罹った兄は、実弟がモデルなのかと邪推したり、色々。さらに、三十歳を越えて自分が古い作家になったという自覚やら、デビュー当時の漫画家として成功したいという強い想い、モスクワでの事故で死にかけて、のことなど、実にあけっぴろげに自らを晒している。
「(――植えつけられた畏れ、タブーによって)開示しきれない自己を物語によってどうにか開示し、自由になる」ことが(「訪問者」以降の)作家・萩尾望都のテーマだとするならば、こうした自己の、素の、卑近な部分まで触れるようになったのは驚きでもあり、ようやくそこまでたどり着いたのかなーと、感慨深く思ったり。例えば「残酷な神〜」「バルバラ異界」以前に、家族にもインタビューをといわれたら、これ、絶対断っていたと思うのよね。自分の中で解決できていない部分だったろうから。実際この本自体、一度ボツになっていた企画だったというし。
おそらく作家としてふたたびターニングポイントを迎えているだろう彼女の、次のステージに向かうために、今の自分を他人の眼を借りて整理した一冊といっていいかな。今の彼女にとって必要な、まぎれもなく萩尾望都の本、という印象を私は受けた。
これからの萩尾望都は、団塊の世代の、日本人の、大牟田生まれの、漫画と舞台好きの、家族に問題を抱えた、一女性である自己、みたいな部分がクローズアップされた作品――「ここではない、どこか」シリーズのようなの、をメインにつくっていくんじゃないかなーと、勝手にわたしは予想しつつ、とにかく萩尾ファンは買いなさい、と。