小柳ルミ子 「蛍火」

 もいっこ、更に古めの認知度の低いシングル。80年7月発売。作詞は門谷憲二、作曲は出門英。いわゆる80年代以降の小柳ルミ子の世界がいよいよ露わになったシングルといっていいかもしれない。
 全体的なつくりは久々にスマッシュヒットとなった前作「来夢来人」を更に発展的に踏み込んだといっていいかな。前作同様、和風テイストを保ちながらもディスコテイストを軽く盛り込んでサウンド面も強化。雰囲気としては前作が桜吹雪の中をいく汽車のイメージだったので、今回は夏の夜の水辺の蛍の乱舞のイメージ。
 「――何千何万の蛍の海があなたの魂を迎えに行きます――」
 一方歌詞は、「来夢来人」では「見た目は大人だけどもまだまだ心は未熟なの」と、「わたしの城下町」や「瀬戸の花嫁」などのかつての清純派少女歌謡路線を引きずっていたものの、今回は「蛍」という言葉が象徴するように死と愛欲の気配が漂って妖しく、サビもびしりと「あなたに抱かれます」と言い切り、堂々の和風エロス。
 後の中森明菜二人静」「月華」などに通じる、妖艶に和を描きつつも演歌ではなくポップスに踏みとどまった一曲で、意外とこういった曲ってありそうでないんだよね。
 これを中森明菜「AL-MAUJ」やジュディ・オング「魅せられて」もかくやの豪華コスプレ衣装を華麗に身にまとって、優雅にダンスしながらテレビ歌唱に臨んだ。こういった演出もそれまで清純派を売りにしていた彼女にとってははじめて。
 曲・歌唱・ダンス・衣装、全てのベクトルは妖艶なる女性美へと向かっている。金鳥のCFやら映画「白蛇抄」やら「愛のセレブレーション」やら、80年代の毎年の紅白歌合戦で見られた絢爛ダンスショーやら、その後の小柳ルミ子のカードがここでようやく全て揃ったのかな。と。リリース時にはいたってフツーの衣装で歌っていた「来夢来人」もこの年の年末の紅白歌合戦では、「魅せられて」金色バージョン的な豪華な衣装を着て披露している。
 ただ、レコードをつぶさに購入するファン的にはどうやら清純派に留まってもらいたかったようで、低迷をしながらもなんとかオリコンウィークリーベスト100に毎回登場していた彼女のシングルが、この曲を最後にしばらく途切れることになる。
 その後は83年にカラオケ需要を狙い撃ちした盛り場歌謡「お久しぶりね」がヒット、超がつく泥臭ドメスティク歌謡になぜか小柳は華麗なダンスをプラス、いい女を通り過ぎて「面白艶っぽい」シュールでヘンテコなルミ子最終形態へとついに進化してしまうわけだけれども、まあ、本人が幸せそうだから、いいんだろうな。