小林麻美「CRYPTOGRAPH 〜愛の暗号〜」

84年「雨音はショパンの調べ」で歌手活動を再開した小林麻美の復帰第一弾アルバム。パーソネルにプロデューサー名の明記はないけれども、実質的なプロデューサーは松任谷由実とみていいかな(井上陽水のエッセイによると発注依頼はユーミンから直接受けたそうな)。作詞・作曲など直接の形でも曲の約半数に関わっている。他、作家は安井かずみ加藤和彦夫妻に、ブレイク直後の安全地帯の玉置浩二井上陽水の師弟に、アレンジはMICA人脈の新川博武部聡志など。カバーは「雨音〜」のガゼボに、ゲンズブール
 84年の松任谷由実のプロデュース力がこの一枚につまっている、といったら言い過ぎかな。ま、でも名作であることには変わりないかと。
「私だったら、小林麻美をこう演出する」といわんばかりにユーミンの覇気が漲りまくっている。
 既に小林麻美自身、この時点で、モデル・タレントとして再ブレイクを果たしていて当時の「いい女」の代名詞と化していたわけで、そのある程度固まっていたパブリックイメージを、音という形で定着化しようという、ユーミンたくらみの一枚だったんじゃないかな。
 ラインとしては、当時加藤和彦大貫妙子のやっていたフレンチ・ヨーロピアンモノに往年の映画女優のイメージを掛け合わせて、さらに大衆的にわかりやすくしたといった感じ。
 時に雨音のようにおぼつかなく、時に熱に溶けたアイスクリームのようにねっとり蕩ける小林麻美のウィスパーボイスは、上手くはないけれども、妖しく色っぽい。大人の上品に艶がただよっている。サウンドも緻密で、詞も、ここまで湯水のごとく散財し、贅沢をしている女性像ばかり、というのも珍しい。大富豪の後妻に入り金と暇をもてあました若く美しい有閑マダムが、世界を旅しては現地の若い男をたぶらかしいてる――といった味わい。
 ミステリアスな「月影のパラノイア」あり、エスニカンな「アネモネ」アリ、リゾートモノの「TYPHOON」アリ、有閑マダム風の「恋なんてかんたん」アリ、国際空港の一景を歌った「Transit」アリ、捨て曲なしのゴージャスかつバブリーな80年代の傑作。80年代中期はこういうバブル起爆剤的な作品が結構あるんだよね。この世界観、今は絶対受け入れられないだろうな。