渡辺典子 「ベスト」

渡辺典子  ベスト

渡辺典子 ベスト

 角川三人娘の次女、渡辺典子のベストアルバム。84年のデビューシングル「少年ケニア/花の色」から、88年の「サラダ記念日」までのA/B面全てが収録されている。
 これが実に現在のところ初にして唯一のベストアルバムだったりもする。そう、角川女優としての実働期間には一切ベストアルバムでなかったんですね。85年年末に企画はあったもののポシャっている。
 この事実だけで渡辺典子の不遇ぶりがわかろうというものだろうけれども、厳しい言い方をすれば、その程度の需要しかなかったのが彼女。薬師丸/原田主演映画の配収成績が「探偵物語時をかける少女」28億円を筆頭に、「メインテーマ/愛情物語」18億円、「Wの悲劇天国にいちばん近い島」15億円という大きな実積をあげたのに対して、渡辺典子主演映画は「晴れ、ときどき殺人/湯殿山麓呪い村」4億、「いつか誰かが殺される/麻雀放浪記」5億、「結婚案内ミステリー/友よ、静かに眠れ」1.3億という結果なのだからして、むしろよく三作も主演映画を取ったなというか、諦めずにゴリ推し続けた角川春樹の胆力に感心してしまう。
 歌に関しても、日本コロムビア時代は阿木耀子・宇崎竜童夫婦コンビの強力なバックアップを得ているのだが、イマイチ魅力の力点が定まらない。本人イメージした主演した映画主題歌よりもむしろ「少年ケニア」「カムイの剣」「火の鳥」といった、カドカワの事情で都合良く起用されたに過ぎないアニメソングの方が曲が輝いてしまうのだから困ってしまう。セールスもセカンドの「晴れときどき殺人」まではなんとか三人娘の面目は保ったものの、薬師丸・原田で通じたゴリ押しは効かず以降急降下。
 とはいえ逆に売れなくなった85年頃あたりから、ようやく自分の見せ方を掴んだようで(――初期の彼女って上品に見せようとして無気力に見えてしまってた所あったよね)、歌も「野ばらのレクイエム」あたりから尻上がりに良くなっている。ビジュアルのピークもここからカドカワ離脱までといっていいんじゃないかな。CBSソニーに移籍以降はアイドルポップスとして耳に「ここちE」曲が並んでいる。大傑作といえるような曲はないけれども、いい線いってるんだよ、この時期。トンデモな企画物「サラダ記念日」ですら歌声がとてもキュートなのだ。
 とはいえ、この時点ですでに世間とカドカワが彼女に与えたラッキーチャンスは使い果たしてしまっており、芝居では原田知世原田貴和子斉藤由貴菊池桃子の脇役。歌ではブラジャーのCFソングに、映画「キョーフのやっちゃん」挿入歌と、残念なタイアップが並んでいる。レコードセールスは言わずもがな。
 これが84年段階でできていればと悔やまれる。自らの降板でふいにした映画「恋人たちの時刻」の主演(――ヌードNGだったらしい)と主題歌をやっていたらまたすこし違っていたかもしれないけれども、どうだろ。大貫妙子のアンニュイなワルツをこの時期の渡辺典子が歌うと仮想してみると意外といいんだよね。
 原田知世は自己表現ツールとしての音楽に意地で踏みとどまり、また一方の薬師丸はあくまで役者として芝居の延長線上に音楽を置き、自然と歌うことから距離を取るようになったのと比べて、渡辺典子にとっての音楽活動って、本人どれほどの意識を置いていたのかまったく不明ではあるけれども、80年代の忘れ物としてあらためて聞いてみるのもいいかも。
 「題名のないバラード」とか「カムイの子守唄」「天使のララバイ」などのサントラのみに収録されているカドカワ映画挿入歌(――意外と多いのよ、渡辺典子には)とアルバム曲を全て含めた三枚組大全集、次は待ってますね。コロムビアソニーさん。